損害賠償債務は相続放棄できる?支払いが免責されないケースや注意点を解説

公開日:2024年4月11日

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被相続人が他人に損害を与えてしまって損害賠償債務を抱えていたとしても、相続放棄することができます。しかし、相続放棄をしても支払いが免責されない場合や相続放棄できない場合もあるため、慎重な判断が必要です。本記事では、損害賠償債務を相続放棄できる期間や注意点について解説します。被相続人の損害賠償債務が発覚した方は、参考にしてください。

損害賠償債務も相続放棄は可能

ほかの相続財産と同様に、損害賠償債務も相続放棄できる遺産のひとつに含まれます。

そもそも、損害賠償債務とは、自らの行為によって他人に損害を与えてしまったときに賠償しなければならない義務のことです。

日常生活のなかで、以下のように誰かに損害を与えてしまう機会は絶対にないとは言い切れません。

  • 借りていたものを破損・紛失してしまった
  • 庭の管理不足で木が倒れて隣家の所有物を壊してしまった
  • 飼っているペットが子どもに噛みついてしまった
  • 自動車の運転で誤って人とぶつかって怪我をさせてしまった

このように、他人の財産を壊してしまったときの弁償代・修理費や、怪我をさせたときの治療費を支払う義務を損害賠償債務といいます。

しかし、損害賠償債務を負ったまま死亡してしまうこともあるでしょう。被相続人が損害賠償義務を残したまま死亡してしまうと、相続の対象となります。つまり、相続人は損害賠償債務を引き継ぎ、損害賠償金を被害者に支払っていかなければなりません。

ただし、相続人は相続放棄の手続きをして、相続財産の一切の相続をしないという選択をすることも可能です。相続放棄をすると損害賠償債務から逃れられますが、預貯金や不動産などのプラスの財産も引き継ぐことができません。

損害賠償債務を引き継ぎたくないといった理由だけで相続放棄を選択すると後悔する可能性もあるため、慎重に判断をしましょう。

「相続放棄」や「借金の相続」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

損害賠償債務を相続放棄できる期間

相続放棄の期限は、原則、被相続人が亡くなり、自分が相続人であることを知ってから3か月以内です。この3か月の期間を熟慮期間といいます。熟慮期間の間に相続放棄の手続きをしなければ、財産を相続することを承諾したとみなされます。

たとえば、父を亡くした子どもが相続放棄をしたいとき、父を亡くしてから3か月以内に相続放棄をしなければなりません。子どもが相続放棄をすると、次順位の祖父母やさらに次順位である兄弟姉妹が相続人となる場合があります。

これらの相続人は、被相続人が亡くなったタイミングと自分が相続人になったと知るタイミングに時差が生じます。そのため、「自分が相続人であることを知ってから3か月」という熟慮期間が設けられており、その期間に相続放棄をするかどうか決定しなければなりません。

熟慮期間は延長することができる

熟慮期間は原則3か月と定められていますが、特別な事情がある場合に限って熟慮期間の延長が認められます。

熟慮期間の延長が認められる可能性のあるケースの例は、以下の通りです。

  • 多大な負債の存在を知らなかった
  • 財産調査や相続人調査が終わらない
  • 相続人と連絡がつかない

どのようなケースでも認められるわけではなく、財産状況や相続人になった事実を知らなかったことに相当する理由がなければなりません。

熟慮期間の延長は、家庭裁判所への申述で認められる必要があります。かならず主張が認められるわけではなく、延長せず相続放棄できないケースも多々あります。

相続人となったら早急に相続財産の調査を進め、相続放棄をするかどうかの判断をしましょう。

「相続放棄できる期間」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

こんな場合はどうすればいい?

相続財産に損害賠償債務が含まれていたとき、どのように対処すべきかわからない場合もあるでしょう。

損害賠償債務と相続放棄について、よくある疑問を2つご紹介します。

相続放棄をしたのに被害者から支払いを請求されたら?
相続放棄前後に被害者へ支払ってしまったら?

2つの状況に陥って悩んでいる方は、ぜひ参考にしてください。

相続放棄をしたのに被害者から支払いを請求されたら?

相続放棄をしているのであれば、被害者から支払いを請求されたとしても被相続人の損害賠償金を支払う必要はありません。被害者から激しく被害状況を訴えられたとしても、相続放棄をした旨を伝えて「支払う義務はありません」と請求を拒みましょう。

被害者に相続放棄をしたことを信じてもらえない場合は、相続放棄受理証明書という公的書類を見せると効果的です。相続放棄をした事実を家庭裁判所が証明する書類で、家庭裁判所で発行してもらえます。

相続放棄をしていて相続人に支払う義務がないことを理解して貰えば、請求を諦めてくれるでしょう。それでも執拗に請求を繰り返されるようであれば、必要に応じて警察へ相談することも手段のひとつです。

相続放棄前後に被害者へ支払ってしまったら?

相続放棄をする前や相続放棄の手続きを終えたあとに被害者へ損害賠償金を支払ってしまった場合もあるでしょう。このとき、支払った損害賠償金を取り返すことは難しいと言えます。

相続放棄をした方からすると、被相続人の損害賠償金は相続放棄をしなかった他の相続人が負担すべきだと考えるかもしれません。しかし、民法上において、他人の債務の弁済も原則有効とされており、被害者は弁済を受けた損害賠償金を返金する必要はないと考えられます。

そのため、相続放棄をしたかどうかにかかわらず、一度支払った損害賠償金を返金してもらうことは難しいです。

ただし、以下のいずれかのケースに該当するのであれば、賠償金の第三者弁済が無効・取り消しとなる可能性があります。

  • 重大な勘違いによって弁済をしたとき
  • 詐欺や強迫によって弁済をしたとき

無効・取り消しとなった場合には、被害者本人から支払った損害賠償金を返金してもらえる可能性があります。

また、相続放棄した人が損害賠償金を支払ったとき、本来の債務者である他の相続人に求償権および原債権を取得して、清算を請求することが可能です。これを弁済による代位と呼びます。

万が一、全員が相続放棄をして損害賠償債務を引き継ぐ人がいない場合でも、相続人不在のケースにおける相続手続きに従って相続財産から弁済を受けられます。

損害賠償債務を相続放棄する場合の注意点

損害賠償債務を相続放棄する場合の注意点のイメージ

損害賠償債務を相続放棄しようか検討しているのであれば、以下のポイントに注意しましょう。

  • 法定単純承認とみなされると相続放棄ができない場合がある
  • 損害賠償金額がわからなくても相続放棄ができる
  • 相続放棄をしても損害賠償債務を免れないケースがある
  • 相続放棄ができずに自己破産をしても免責されない債務がある
  • 相続放棄をしたあとに自分の財産から損害賠償金を支払うことはできる

5つの注意点について、詳しく確認しましょう。

法定単純承認とみなされると相続放棄ができない場合がある

熟慮期間中であっても、法定単純承認があったとみなされると相続放棄が認められない場合があります。法定単純承認とは、相続財産の全部または一部を処分した場合に、相続することを承認したものとみなされる制度です。

たとえば、以下のような行為は法定単純承認と見なされる可能性があるため注意しましょう。

  • 相続財産のなかから損害賠償金や未払金を支払った
  • 高価な遺品の形見分けを受け取った
  • 賃貸住宅の契約を解約した

もちろん、これらの行為をしたからといって、かならずしも相続放棄が認められないわけではありません。しかし、相続放棄が認められない可能性が高まってしまいます。万が一、相続放棄が却下されると、再度相続放棄の申述をすることはできません。

法定単純承認とみなされるかもしれない行為を行った場合は、専門家に相談して手続きを代行してもらうことをおすすめします。

「相続放棄ができないケース」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

損害賠償金額がわからなくても相続放棄ができる

損害賠償金額がわからない場合でも、相続放棄の手続きはできます。たしかに、相続放棄の手続きに必要な申述書には相続財産の概略を書く必要があります。しかし、わかる範囲で記載すれば問題なく受理されるため、心配する必要はありません。

そのため、引き継ぎたい財産がない場合や相続財産から損害賠償金を支払えない可能性があるのであれば、相続放棄をしたほうが無難です。

また、限定承認という選択があることも知っておきましょう。限定承認とは、相続財産から債務を支払い、プラスの財産が多ければ引き継ぐことのできる相続方法です。もし、相続財産で財務を支払えない場合、相続財産を超えた額について支払う必要はありません。

損害賠償金額がわからない場合でも、自身の資金を持ち出して支払う必要がなくなるため経済的リスクを回避できます。ただし、限定承認は、相続人全員で行わなければならず、同意を得られない場合には手続きができません。

相続放棄をしても損害賠償債務を免れないケースがある

相続放棄をしても、損害賠償債務を免れないケースがあります。損害賠償債務に関して、以下の責任を相続人本人が担っていると、相続放棄では免責されないからです。

免責されない相続人の債務の種類内容
保証債務被相続人の損害賠償債務を連帯保証をしていると、保証債務は存続する。
責任無能力者の監督義務者等の責任被相続人が年少の未成年者や認知症などの精神上の障害によって自己の行為の責任を負う能力を欠く場合、監督義務者が損害賠償責任を負う。
共同不法行為者の責任被相続人と共同して損害を与えた場合、被相続人と連帯して連帯保証債務を負う。

これらの責任は相続人本人における責任のため、相続放棄をしてもしなくてもなくなりません。あくまでも相続放棄によって免れるのは、被相続人が負っていた債務に限られます。

相続放棄ができずに自己破産をしても免責されない債務がある

万が一、相続放棄ができなかった場合、損害賠償債務の免責のために自己破産をする選択肢があります。しかし、自己破産をしてもすべての損害賠償債が免責されない可能性があるため注意しましょう。

他人に対して故意または重大な過失によって生命や身体に対する損害を与えた場合、自己破産によって損害賠償債務は免税されないからです。

一方、損害内容にかかわらず、相続放棄をすれば一切の損害賠償債務が免責されます。自己破産と比べると、相続放棄の方が強い効力があります。

相続財産に膨大な損害賠償金が含まれているのであれば、熟慮期間中に相続放棄の手続きを完了させるようスピーディーに対応しましょう。

相続放棄をしたあとに自分の財産から損害賠償金を支払うことはできる

相続放棄をした人は、被相続人の損害賠償債務を引き継ぐ必要はありません。しかし、損害賠償金を支払う義務はなくなっても、被害者にいくらか支払いたいと考える方もいるでしょう。

このような場合、自分の財産から損害賠償金の一部またはすべてを支払うことができます。家族に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちを示すことが可能です。

ただし、相続財産のなかから損害賠償金を支払うと、単純承認したとみなされます。あくまでも自分自身の財産からの支払いにしなければトラブルに発展する恐れがあるため、注意しましょう。

損害賠償債務を相続放棄したい場合はまずは専門家に相談

損害賠償債務を相続放棄したいのであれば、まずは専門家に相談しましょう。なぜなら、相続放棄を家庭裁判所に認めてもらえるチャンスは1度だけだからです。

もし家庭裁判所に認めてもらえなければ即時抗告という高等裁判所の手続きを行って裁判で争うこととなります。相続放棄が認められないという通知が届いてから2週間以内に即時抗告を申し立てなければならず、迅速な対応をしなければなりません。

即時抗告を行っても相続放棄を認めてもらえる事例は少なく、相続放棄ができない可能性が高まってしまいます。

そのため、仕事や家事などで忙しい方や初めての相続放棄手続きで不安のある方は、専門家に相談しましょう。戸籍謄本・住民票の取得や必要書類の作成であれば、司法書士が代行してくれます。

一方、手続きの期限が迫っている方やすでに熟慮期間を過ぎてしまった方は弁護士への相談がおすすめです。即時抗告をしなければならない事態となっても、代理人として手続きや対応をお任せできます。

それぞれの専門家への費用目安は、以下の表の通りです。

司法書士相談料:5000円/1時間
相続放棄手続き:3〜5万円
弁護士相談料:5000円/30分〜1時間
相続放棄手続き:5〜10万円

必要に応じて専門家の力を借りましょう。

「相続放棄の相談先」や「相続を弁護士に相談できる内容」、「相続を司法書士に相談できる内容」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

 

損害賠償債務は相続放棄できる

ほかの相続財産と同様に、損害賠償債務も相続放棄できます。損害賠償債務が発覚して相続放棄をしたい場合、弁護士や司法書士などの専門家に相談しましょう。相続放棄の手続きは、一度しかチャンスがありません。さらに熟慮期間は3か月と短く、判断に悩むこともあるでしょう。

損害賠償債務が発生してから日が経っていないと、損害賠償金額が提示されていない場合もあります。このような場合であれば、相続放棄をすべきかどうか悩んでいる時点での相談をおすすめします。

スピーディーに相続放棄の手続きを完了させるためにも専門家の力を頼り、支払い義務から免れましょう。

著者紹介

安持まい(ライター)

執筆から校正、編集を行うライター・ディレクター。IT関連企業での営業職を経て2018年にライターとして独立。以来、相続・法律・会計・キャリア・ビジネス・IT関連の記事を中心に1000記事以上を執筆。

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本記事の内容は、記事執筆日(2024年4月11日)時点の法令・制度等をもとに作成しております。最新の法令等につきましては、専門家へご確認をお願いいたします。万が一記事により損害が発生することがあっても、弊社は一切の責任を負いかねますのであらかじめご了承ください。

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