「亡くなった家族に多額の借金があった。亡くなった人と不仲で関わりたくない」このような理由で遺産を相続したくない場合、利用を検討したいのが「相続放棄」。相続人は相続財産を承継せずに、一切を放棄できます。
ただし、相続開始を知った日から約3か月以内に、相続人は手続きを行う必要があります。こちらの記事では「相続放棄」の基礎知識だけでなく、家庭裁判所で行う際の必要書類・手続き・費用など役立つ実践的な知識を解説します。
《概要》相続放棄とは?
「相続放棄とは何か」という定義、「相続の承認」との違いなどといった基礎知識について解説します。さらに、相続放棄の対象となる財産、相続放棄してももらえる財産についてもあわせて解説します。
相続放棄とは、死亡した人の財産を相続しないこと
「相続放棄」とは、死亡した人の財産や権利を一切相続しない(放棄する)こと。相続人は相続権を放棄することで、預貯金などの「プラスの財産」や借金などの「マイナスの財産」すべての相続財産において承継することを拒否できます。そのため、相続人同士の遺産分割協議や、相続財産を継承することで発生する相続税などを、相続人が考える必要はありません。
「相続放棄」するためには、相続人は「相続開始を知った日から3か月以内の期限(熟慮期間)」に「家庭裁判所」で申述手続きを行う必要があります。期間に「初日」を算入しないため、4月1日に相続開始を知った場合、起算日は4月2日、期限となる日(熟慮期間)は7月1日となります。なお、申述先は「死亡した人が最後に住んでいた地域を管轄する家庭裁判所」です。
また、相続放棄の方法で間違いやすいのが、遺産分割協議で行われる「相続分の放棄」です。遺産分割協議の「相続分の放棄」は、家庭裁判所での「相続放棄」とは性質が違い、法的効力を持ちません。死亡した人に借金がある場合、相続人全員が「相続放棄」をしていると債権者は請求できません。しかし、遺産分割協議での「相続分の放棄」では、債権者は相続した相続人だけでなく、相続分を放棄した人に対しても請求ができます。このように、遺産分割協議での「相続分の放棄」は、あくまでも相続人同士での取り決めであり、対外的な効力は持たないということです。
遺産分割協議では、家庭裁判所で手続きせずに、他の相続人全員の合意を得て、遺産分割協議書に署名すれば完了するため、手間がかかりにくいかもしれません。しかし、相続人が死亡した人の借金などを相続したくない場合は、面倒だと感じても家庭裁判所にて法的効力を持つ「相続放棄」を行うようにしましょう。
「相続放棄」と遺産分割協議の「相続分の放棄」を表でまとめると以下の通りです。
相続放棄 | 遺産分割協議の 相続分の放棄 | |
---|---|---|
家庭裁判所での手続き | 必要 | 不要 |
相続人の参加 | 単独でも可 | 必ず全員 |
期限 | あり | なし |
相続人としての地位 | 失う | 失わない |
「マイナス財産」の 債務 | 負わない | 負う |
「相続の承認」は2種類。限定承認・単純承認の違い
プラスとマイナスの両方の財産を相続しない「相続放棄」以外のケースを解説します。相続人には、死亡した人の財産を相続するか、または相続しないかの権利が与えられています。死亡した人の財産を相続人が相続(承認)する方法は2種類。つまり、「相続放棄」とあわせると、遺産の相続方法は次の3種類があることになります。
- 単純承認
- 限定承認
- 相続放棄
「単純承認」と「限定承認」との違いについて順番に見ていきましょう。
「単純承認」とは、相続人が死亡した人のプラスとマイナスの財産をすべて相続することです。預貯金などの「プラスの財産」だけでなく、借金などの「マイナスの財産」も一緒に相続しなくてはなりません。
「限定承認」とは、相続人が死亡した人のプラスの財産の範囲内でマイナスの財産も相続することです。どうしても引き継ぎたい資産があるものの、借金すべてを負うことは難しいというケースに「限定承認」は活用できます。
このように、「限定承認」と「相続放棄」は資産を放棄する行為が含まれるため、死亡した人の財産調査をした上で慎重に結論を出さなくてはなりません。相続を承認するということは、相続税を納税するのかなどの問題も考慮する必要が生じます。限定承認と相続放棄には申述の期限があり、相続人は「相続開始を知った日から3か月以内の期限」の熟慮期間までに、家庭裁判所に申述手続きを行う必要があるので忘れないようにしましょう。
なお、「単純承認」には申述手続きの期限はありませんが、「単純承認」の意思表示がなくても次のケースは「相続人が単純承認した」とみなされるため注意してください。
- 死亡した人の財産を処分するなどの手を加えたとき
- 熟慮期間内に、限定承認や相続放棄の申述の手続きしなかったとき
ただし、相続人が相続財産の状況を調査してもプラスとマイナスの財産が把握できないなどの理由があるケースは例外です。そうした理由があれば、熟慮期間内の期限伸長を申し立てることができ、熟慮期間の期限が過ぎても単純承認とみなされません。
参考:最高裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」
相続放棄できる財産
死亡した人からの「相続財産」で、相続人が相続放棄できる財産を見ていきましょう。相続放棄できる財産とは、死亡した人が生前所有していた財産や権利などの相続財産(遺産)です。経済的な価値があるかどうかで「プラスの財産」と「マイナスの財産」の2つに分けられます。それぞれの財産の主な具体例は次の通りです。
<プラスの財産>
- 現金・預貯金
- 有価証券(株式・社債など)
- 自動車・船舶
- 家庭用財産(家具・家電・宝石・骨董品など)
- 事業用財産(機械・器具・商品・売掛金など)
- 不動産(家屋・宅地・畑・不動産上の権利など)
- 権利(借家権・ゴルフ会員権・著作権・特許権など)
<マイナスの財産>
- 債務(ローン、借金、連帯保証人など)
- 買掛金
- 未払いの医療費、水道光熱費、税金など
「プラスの財産」は「積極財産」、「マイナスの財産」は「消極財産」と呼ばれることもあります。もし、死亡した人がお金を誰かに貸した「債権者」であった場合、その権利を承継できます。逆に、借金などを抱える債務者である場合は、相続人は借金も相続してしまいますので注意が必要だといえるでしょう。
プラスとマイナスの財産が膨大にあるケース、または土地評価額の正確な計算が難しいケースであれば、相続人は税理士などの専門家に無料相談をしてもよいかもしれません。
相続放棄しても、もらえる財産
相続放棄とは、相続人が死亡した人が所有していた財産や権利の一切を放棄する行為です。しかし、相続放棄の対象となるのは、あくまでも死亡した人の「相続財産」です。死亡をきっかけに受け取り、さらに受取人が指定されている財産もあります。こうした財産のことを「固有財産」と呼び、「固有財産」は相続放棄の対象には含まれません。
相続における「固有財産」は、受取人・受給者など特定の人に定められているため、受け取りを指定されている人の財産になります。さらに、「固有財産」は遺産分割の対象財産にも含まれません。
「固有財産」に含まれる財産は次の通りです。
- 生命保険金
- 死亡退職金
- 遺族年金・死亡一時金
- 未支給年金
- 香典・ご霊前
- 祭祀財産(仏壇・仏具・お墓・神棚・位牌など)
- 葬祭費・埋葬料
相続人は相続放棄をしようと思っている財産が「相続財産」なのか、それとも「固有財産」なのかをしっかりと認識したうえで行うとよいでしょう。ただ、「固有財産」の判断が難しい場合は、司法書士・弁護士などの専門家に無料相談した方がスムーズに進むことがあります。
相続放棄すべき? 3つのケースで判断しよう
相続放棄するべきかどうか、または相続放棄したくてもできない例外ケースを、簡潔に解説します。
相続放棄した方がいいケース
マイナスの財産がプラスの財産よりも多い場合は、相続放棄を検討してもよいといえます。
また、遺産相続では、死亡した人の債務などのマイナスの財産だけでなく権利も継承してしまいます。もし死亡した人が誰かの連帯保証人になっていた場合、その義務さえも継承することになってしまうため、事前に死亡した人を調査しておく必要があります。
他にも、相続財産の管理が大変なケースや、遺産分割協議に参加したくないケースも相続放棄を選択する基準の1つになります。
相続放棄しない方がいいケース
プラスの財産が明らかに多い場合や、どうしても相続したい財産がある場合は相続放棄をしない方がよいと考えられます。
もしくは、プラスの財産とマイナスの財産がどれくらいなのか分からない場合は、「限定承認」を選ぶ方法も考えておいた方がいいケースもあります。相続放棄だと、死亡した人のプラスとマイナスのすべて財産を一切相続できなくなってしまうため、プラスの財産とマイナスの財産のバランスを考えて相続するか考える必要があります。
【例外】相続放棄を望んでも認められないケース
相続人が相続放棄をしたくても、認められない主なケースは次の通りです。
- 相続財産を使い込んだり、誰かに渡してしまった
- 熟慮期間までに、家庭裁判所に申述手続きをしなかった
- 家庭裁判所での手続きに不備があった
分かりやすいケースとしては、タイムリミットである「熟慮期間(相続開始を知った日から3か月以内の期限)」までに手続きが終わらなかったり、または手続きに不備があったりしたケースです。他にも、相続人の知らない間に「単純承認」が成立してしまっていることもあるため、相続時の行動にはくれぐれも注意してください。
相続放棄の手続きや費用について
相続手続きの基本的な方法や、発生する費用について簡潔に解説していきます。
相続放棄の基本的な手続きは「6つのステップ」
相続放棄を行う際の基本的な手続きの方法は以下の通りです。
- 相続放棄に必要な費用・書類を準備する
- 申述先の家庭裁判所を調べる
- 家庭裁判所に相続放棄を申述する
- 家庭裁判所から照会書が届く
- 照会書に回答し返送する
- 相続放棄申述受理通知書が届く
相続人は、費用や書類をそろえるステップ1から家庭裁判所への申述までのステップ3までを、熟慮期間内に完了させる必要があります。
ステップ3の「相続放棄の申述先」は、死亡した人が最後に住んでいた区域を管轄する家庭裁判所です。相続人が住んでいる地域を管轄する家庭裁判所ではありません。また、死亡した人が住んでいた地域を管轄する市区町村役場、税務署でもありませんので注意しましょう。
ステップ4では、家庭裁判所から照会書が送られてきます。相続人はその照会書の内容を忘れずに確認することが注意点として挙げられます。そのうえでステップ5に移り、回答した照会書の返送を行うようにしましょう。
相続放棄に発生する費用
相続放棄で発生する主な費用は、次の通りです。
- 収入印紙代:800円
- 郵便切手代:管轄の家庭裁判所・市区町村役場の所在地よる
- 相続放棄する人の戸籍謄本:1通450円
- 死亡した人の除籍謄本一式:1通750円
- 死亡した人の住民票除票または戸籍附票:1通300円
申述の際に必要となる戸籍謄本などの書類は、最低でも上記の通りです。さらに、申述を行う「申述人」と死亡した人との関係によっては、追加で必要となる書類も違います。
相続放棄に必要書類である申立書はインターネットからダウンロードできます。相続人の家庭にプリンターがあれば申立書の印刷代はかかりませんが、プリンターがない場合は最寄りのコンビニエンスストアなどを利用する必要があり、印刷代も発生します。
また、場合によっては発生すると考えられるのが交通費。本籍地の役所で戸籍謄本などを収集するため、または家庭裁判所に移動するために発生すると考えられます。もし戸籍謄本などの書類収集が、自分たちだけ大変だと感じたら司法書士・弁護士などの専門家への無料相談や代行依頼をするのが有効です。
参考:最高裁判所「相続の放棄の申述」
相続放棄のメリットと注意点
相続放棄のメリットと注意点を解説します。
相続放棄の2つのメリット
相続放棄することで得られるメリットは次の通りです。
- 借金などの負債を返済する義務がなくなる
- 相続争いに巻き込まれない
相続放棄の一番のメリットともいるのが、死亡した人が抱えていた借金を返済しなくて済むこと。借金やローンといった負債だけでなく、死亡した人の連帯保証人としての債務も引き継がなくて済みます。ただし、相続人が死亡した人と直接、連帯保証人の契約を結んでいた場合は、連帯保証人としての契約は残ります。
相続放棄のもう一つのメリットが「相続争いに巻き込まれない」こと。相続放棄すると、相続人は「相続人としての地位」を失うことになるため、遺産分割協議への参加や遺産分割の手続きを行う必要がそもそもなくなります。相続放棄をした相続人は相続争いで拘束されたり、遺産分割手続きの手間が省けたりといったメリットがあると考えてよいでしょう。
相続放棄の押さえておきたい6つの注意点
相続放棄にはメリットだけでなく注意点もあります。相続放棄の際に相続人が押さえておきたい注意点を解説します。
- 生前に相続放棄はできない
- 相続放棄は撤回ができない
- 相続順位に影響を与えることがある
- 代襲相続が発生しなくなる
- 債権者に相続放棄の報告をする
- 相続財産を管理する場合がある
<1. 生前に相続放棄はできない>
相続放棄は、相続開始前に家庭裁判所に申述手続きすることができません。たとえ、死期が近い親などがいても、生前に相続放棄の申述手続きを済ますことは認められません。あくまでも、相続開始を知った日から3か月以内の期限である「熟慮期間」までに、相続人は申述手続きを行う必要があります。
<2. 相続放棄は撤回ができない>
相続放棄は、家庭裁判所に一度認められるとその後に撤回はできません。たとえば、死亡した人が生前に「多額の借金を抱えてる」と周囲に吹聴していても、死亡後の財産調査でその借金を帳消しにするだけの財産を、実は所有していたと明らかになるケースも想定されます。そのため、相続人にとっての注意点は、財産調査をしてプラスの財産とマイナスの財産を把握したうえで、相続放棄の申述と書類提出を行うかどうか判断することだといえます。
<3. 相続順位に影響を与えることがある>
相続放棄を行うと、親族・家族構成によっては法定相続人が変わるため、相続順位に変動が起きる可能性があります。たとえば、法定相続人に死亡した人の兄、妻、子どもがいたとします。本来なら、相続人は第1順位である妻と子どもです。ところが、妻と子どもが相続放棄すると、死亡した人の兄の相続順位が繰り上がり、法定相続人になります。このように、本来法定相続人でなかった人が財産を継承する可能性が出てきます。相続放棄するときは、法定相続人になる可能性がある親族同士で、事前に話し合っておくことが大切です。
<4. 代襲相続ができなくなる>
相続放棄をすると、自分の子どもや孫などの直系卑属に相続権が継承される「代襲相続」が発生しなくなります。これは相続放棄をしてしまうと、相続放棄した人は「初めから相続人ではなかった」として相続人の地位を失ってしまうためです。相続放棄は自分だけでなく、自分の子どもや孫などにも影響することを注意点として認識しておきましょう。
<5. 債権者に相続放棄の報告をする>
相続開始を知った日から3か月の期限内(熟慮期間)に相続放棄を無事に完了したからといって、あとは何もしなくてもよいということにはなりません。死亡した人に借金などがある場合、その債権者への連絡をした方がよいでしょう。
相続人に借金などの返済義務はなくなりますが、債権者への借金自体はそのまま残ります。債権者は相続人が相続放棄をしたことさえ知りません。そのため、正式に相続放棄が完了したら「相続放棄申述受理通知書」コピーを債権者に郵送し、書類とともに相続放棄した旨を伝えておくとトラブルにならないといえます。
<6. 相続財産を管理する場合がある>
相続放棄を行うと、死亡した人の相続財産について権利・義務を承継する必要はなくなります。しかし、相続人全員が相続放棄しても、死亡した人の相続財産について管理する義務は残ります。そのため、財産が一定の管理下に置かれるようにするために、相続人が家庭裁判所に「相続財産管理人の選任」の申述をしなければならないケースがあります。(民法940条)
相続人全員で相続放棄すれば、財産は最終的に国のものになります。しかし、すぐには相続財産が国に帰属されるわけではありません。したがって、相続財産管理人の選任までの期間、相続放棄した人の内で誰か1人は相続財産の管理を継続して行う必要があります。さらに、場合によっては相続財産管理人への報酬「予納金」といった費用もかかることがあります。
つまり、相続人全員が相続放棄する場合の注意点として、相続財産を管理するために「相続財産管理人の選任」などについて、相続人全員で話し合う必要があるということです。
3か月は意外に短いが、慎重に検討して相続放棄をしよう
すでに解説した通り、「熟慮期間」は相続開始を知った日から3か月以内です。3か月という期限は相続人が相続放棄の判断をするには、あっという間に感じるかもしれません。というのも、相続開始の直後は、気持ちの整理やお葬式の執行などで忙しくなり、相続手続きにまで考える余裕があまりない可能性があるためです。
相続放棄自体を前もって完了することはできませんが、自分たちで相続に関係しそうな書類の整理や財産調査などを事前に進めておくことは有効でしょう。さらに、司法書士・弁護士・税理士などの専門家への無料相談や代行依頼をした方が、安心かつスムーズに進むと考えられます。
相続放棄は撤回ができないため焦って相続放棄するのではなく、限定承認など他の選択肢を視野に入れつつ、十分に検討したうえで行いましょう。