「相続放棄したから相続税はかからない?」「相続人に相続放棄されたけど相続税が増える?」こんな不安を抱えている方もいらっしゃるでしょう。実は相続放棄した本人であっても、相続税が課せられるケースがあります。反対に、相続人の誰かが相続放棄しても基礎控除には影響はありません。この記事では、相続放棄と相続税について解説します。
目次
相続放棄した人は相続税を払わなくていい?
相続放棄すると、最初から相続人でないものとして扱われ、マイナスの財産・プラスの財産両方とも相続しません。何も相続しないため、基本的に相続税が課せられることはなく、相続税の申告も不要です。
ただし、相続放棄していても次のようなケースでは相続額によっては相続税が発生します。
- みなし財産を相続した
- 相続時精算課税制度を利用して生前贈与を受けた
- 遺贈による相続財産の受取
みなし財産を相続した
みなし財産とは、相続人の死亡をきっかけに受け取る財産です。被相続人の死亡保険金や死亡退職金などがみなし財産となります。相続放棄したら何も財産を受け取れないかというと、一切の財産を相続できないわけではありません。
相続放棄しても以下のような財産は相続できる可能性があります。
- 死亡保険金
- 国民健康保険などからの葬祭費や埋葬料
- 死亡一時金や遺族年金
- 未支給年金
みなし財産である死亡保険金は、相続放棄していても受け取れます。また、相続財産とは異なるので遺産分割の対象とはならない受取人固有の財産でもあるのです。しかし、死亡保険金を受け取った場合、他の相続財産との総額が基礎控除額を超えていると相続税が発生します。
通常、死亡保険金には生命保険の非課税枠が適用されます。非課税枠は「500万円×法定相続人の人数」です。ただし、相続放棄している場合、この非課税枠を適用できないので注意しましょう。
相続時精算課税制度を利用して生前贈与を受けた
相続時精算課税制度とは、生前贈与時の贈与税を2500万円まで非課税にできる制度です。しかし、この制度では非課税となった贈与額が相続税の対象となります。
相続発生時には、控除した額を相続財産に加えて相続税の計算をする必要があるのです。そのため、他の相続財産との合算額が基礎控除を超えると、相続税が発生します。
この制度を利用して生前贈与を受けた方が相続放棄すると、受け取った生前贈与の額に対して相続税が課税されます。また、令和6年1月からは、年間110万円の基礎控除が創設されています。この基礎控除は2500万円の特別控除の対象外で、相続が発生した時に相続財産に加算されません。
遺贈による相続財産の受け取り
遺贈とは、遺言によって財産を譲ることをいいます。遺言で財産を受け取る人を受遺者と呼び、受遺者は相続人・相続人以外どちらでもなることが可能です。
仮に、相続人が受遺者に指定されている場合、遺贈財産を受け取ったうえで残りの相続財産を相続人として受け取ることもできます。また、相続人が受遺者であり相続放棄している場合は、相続財産は受け取れませんが遺贈分の財産は受け取ることが可能です。
ただし、遺贈された財産は相続税の対象となるため、額によっては相続税が発生します。なお、遺贈は受遺者に指定されていても放棄可能です。遺贈分も放棄することで相続税は課せられません。
「相続税」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
相続放棄があっても相続税の基礎控除額に影響はない
相続放棄があっても、相続税に関する下記の額は相続放棄がある前と後で変わりはありません。
- 基礎控除額
- 課税遺産総額
- 相続税総額
- 死亡保険・死亡退職金の非課税枠
相続税には基礎控除があり、プラスの財産からマイナスの財産を差し引いた正味の財産額が基礎控除額を超える場合に、相続税が課せられます。
相続税の基礎控除額は、下記の通りです。
基礎控除額=3000万円+600万円×法定相続人の人数
相続人のうち誰かが相続放棄することで、法定相続人の人数が減って基礎控除額が減るのでは、と不安になる方もいるでしょう。しかし、相続放棄は基礎控除の計算に影響しません。仮に、相続放棄した人がいたとしても、基礎控除額を計算する法定相続人の人数に含まれるのです。
たとえば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人の場合を見てみましょう。この場合、基礎控除額は3000万円+600万円×3人=4800万円です。ここで、子どものうち1人が相続放棄したとしても、基礎控除額は4800万円のままとなります。
なお、基礎控除額が変わらないため、遺産総額のうち課税対象となる課税遺産総額も変わらないのです。さらに、課税遺産総額や算出の際の法定相続人数に変化がないため、課税される相続税の総額にも変更はありません。
また、相続税の非課税枠には、死亡保険・死亡退職金の非課税枠もあります。どちらも非課税枠は、500万円×法定相続人の人数です。この非課税枠も相続放棄があったとしても、相続放棄した人も含めて計算されます。ただし、先述したように相続放棄した人は非課税枠を適用できないので、注意しましょう。
「相続順位」や「基礎控除」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
相続放棄があると影響があること
相続人の誰かが相続放棄しても基礎控除には影響ありません。しかし、下記のような点には影響があるので注意が必要です。
- 各相続人の税額控除前の相続税額が増える
- みなし相続財産の控除額が大きくなる
各相続人の税額控除前の相続税額が増える
相続税総額は変わりませんが、実際に相続する人数が変わるので各相続人に課せられる相続税額は増えます。仮に、税額控除前の相続税が次の場合を見てみましょう。
- 配偶者:500万円
- 子どもA:200万円
- 子どもB:200万円
上記の場合、相続税の総額は900万円です。
ここで、子どもAが相続放棄したとします。この場合、実際に課税される相続税は配偶者と子どもBが相続する財産に応じて相続税総額が按分されます。
もし、子どもAの分を配偶者と子どもBで遺産を半分ずつにする場合、それぞれの相続税額は次の通りです。
- 配偶者:500万円+100万円=600万円
- 子どもB:200万円+100万円=300万円
このように、相続税額が増える点には注意しましょう。ただし、実際の相続税はここから税額控除を適用できます。とくに、配偶者は「法定相続分または1億6000万円まで」控除を受けられるので、相続税が課されないという方は多いでしょう。
みなし相続財産の控除額が大きくなる
みなし財産のうち、死亡保険金・死亡退職金の非課税枠は500万円×法定相続人の人数です。相続放棄した人がいる場合でも、上記の法定相続人の人数には影響がありません。
たとえば、法定相続人が3人であれば、1500万円を控除できます。この控除額は、実際に相続した人が受け取った金額で按分します。さらに、相続放棄した人は非課税枠を適用できないという特徴があります。
ここで、死亡保険金額を配偶者・子どもABの2人でそれぞれ1000万円ずつ受け取る場合を見てみましょう。このうち子どもAは、相続放棄しています。死亡保険金の非課税枠1500万円は、配偶者と子どもBで半分ずつ適用できるのでそれぞれ750万円が非課税となります。一方、子どもAは非課税枠を適用できません。
そのため、それぞれの課税対象額は、次の通りです。
- 配偶者:250万円
- 子どもA:1000万円
- 子どもB:250万円
仮に、子どもAが相続放棄していなければ、配偶者と子どもABはそれぞれ500万円が非課税となり、課税対象額は500万円ずつです。このように、相続放棄する人がいることで、他の相続人のみなし相続財産の控除額が大きくなる点は覚えておきましょう。
相続放棄の有無による相続税額の違い
ここでは、相続放棄の有無が相続税額にどれくらい違いが出るのかをシミレーションしていきましょう。
相続時の条件は次の通りです。
- 相続財産:1億5000万円(プラスの財産からマイナスの財産を差し引き後)
- 法定相続人:配偶者・子どもA・子どもBの3人
- 実際の相続割合:相続人で平等に相続する
上記の条件で、相続放棄しない場合・1人が相続放棄する場合の2パターンの相続税を計算していきます。なお、ここでは計算をシンプルにするため基礎控除以外の控除などは適用せずに計算します。
相続放棄しないパターン
誰も相続放棄しない場合の相続税を計算してみましょう。基礎控除は、3000万円×600万円×3人で4800万円なので、課税対象額は1億5000万円-4800万円で1億200万円です。
法定相続分で相続した場合、それぞれの相続財産は次のようになります。
- 配偶者:5100万円
- 子ども:2550万円ずつ
また、それぞれの相続税は次の通りです。
- 配偶者:5100万円×30%-700万円=830万円
- 子ども:2550万円×15%-50万円=332万5000円ずつ
よって、相続税の総額は1495万円となります。この時、実際の相続割合は相続人で平等に相続するため、相続税は次のようになります。
- 配偶者:1495万円×3分の1=498万円
- 子ども:1495万円×3分の1=498万円ずつ
相続人のひとりが相続放棄するパターン
次に、相続人のうち子どもAが相続放棄するパターンを見てみましょう。
相続税を算出する法定相続人の人数には変わりがないため、基礎控除額・相続税総額は先述と同様で次の通りです。
- 基礎控除額:4800万円
- 配偶者の相続税額:5100万円×30%-700万円=830万円
- 子ども相続税額:2550万円×15%-50万円=332万円ずつ
- 相続税総額:1495万円
相続割合は、相続人で平等に按分するので配偶者と子どもBで半分ずつ相続します。そのため、それぞれの実際の相続財産と相続税は次の通りです。
- 配偶者:相続財産額7500万円/相続税額1495万円×2分の1=747万5000円
- 子どもB:相続財産額7500万円/相続税額1495万円×2分の1=747万5000円
相続放棄がないパターンに比べ、相続税の総額は変わらないものの、配偶者と子どもBにおいては、相続税の負担は大きくなります。ただし、相続する財産額も相続放棄がないパターンよりも増えている点も覚えておきましょう。
相続放棄した場合の相続税で気をつけること
最後に、相続放棄があった場合の相続税について、注意点やよくある疑問をみていきましょう。
相続放棄しても相続税が発生するなら納付義務がある
相続放棄して財産を受け取らない場合は相続税も発生しないため、申告・納付義務はありません。しかし、みなし財産を受け取ったなど相続税が発生する場合は、相続税の申告・納付義務があるので忘れずに申告するようにしましょう。
相続放棄しても利用できる控除などはある
相続放棄していて相続税が発生する場合でも、次のような控除の特例は適用できます。
- 配偶者の税額軽減
- 未成年者控除
- 障害者控除
ただし、みなし財産の非課税枠や数次相続控除は受けられないので、注意しましょう。
相続放棄がある相続税申告では相続放棄申述受理証明書が必要
相続放棄申述受理証明書とは、相続放棄が受理されたことの証明書です。相続放棄が受理されると申し立てた人には相続放棄申述受理通知が発送されます。しかし、受理通知は受理されたことの通知の書類です。
相続税申告書に貼付する場合は、証明書である相続放棄申述受理証明書を取得して貼付する必要があるので、注意しましょう。
「相続放棄申述受理証明書」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
相続放棄が相続税に影響するポイントを押さえよう
相続放棄すると基本的に遺産を取得しないので、相続放棄した人は相続税の申告・納税は不要です。ただし、みなし財産を所得した・遺贈で財産を受け取ったなど何かしら財産を受け取った場合は、遺産総額によっては相続税が発生します。
また、相続人の誰かが相続放棄した場合でも、基礎控除や非課税枠に影響はありません。ただし、取得する相続財産が多くなればその分相続人が支払う相続税も増える点には注意しましょう。相続放棄は、相続放棄した本人だけでなく他の相続人にも影響が出るものです。
他の相続人とトラブルなく円満に相続放棄するなら、弁護士に相談しながら進めることをおすすめします。