「親が認知症になると、きちんと相続できるのだろうか? 自分の子どもに重い障がいなどがあるとき、自分が亡くなった後に子どもの生活は守られるか?」。そうした相続の不安を解消する方法の1つとして「家族信託(民事信託)」が近年、注目を浴びているようです。
こちらの記事では、家族信託の基礎知識をはじめ、メリット・デメリットを具体的に解説します。さらに、家族信託の活用事例や費用など、実践する際に役立つ知識もお届けします。
《概要》家族信託とは?
「家族信託とは何か」という基礎知識、なるべく早めに検討すべき理由、そして家族信託と似た制度である「成年後見制度」との違いについて解説します。
家族信託の基本的な仕組み:所有財産を家族に託す制度
「家族信託」は、2006年(平成18年)の信託法改正により、翌2007年(平成19年)に施行された制度です。「家族信託とは何か? どのような仕組なのか?」を解説するうえで、まず理解しておく必要があるのが「信託(信託契約)」という言葉。「信託(信託契約)」とは、一般的には次のような意味を持つ制度です。
「信託」とは、「自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらう」制度
引用:一般社団法人信託協会「信託について」
つまり、「家族信託」とは、自分の意向に沿った形で「自分の家族」に財産の運用・管理をしてもらうという制度です。また、信託契約では、自分の財産管理・運用したときの利益を受け取る人を、必ずしも自分に設定しなくても問題ありません。利益を受け取る人(財産権を持つ)を、自分以外の人物に指定することもできます。
財産について「託す・託される・利益を受け取る」の3つの観点から、信託契約を整理すると次の三者が登場します。
- 委託者:自分が所有する財産の管理を託す人
- 受託者:委託者の財産を任され、管理(運用・処分)する人
- 受益者:委託者の財産から発生した利益を受け取る人
信託契約が成立すると、自分が所有する財産の所有権が「委託者」から「受託者」へ移転します。「受託者」は信託された財産に対して強い権限を持つようになるため、「受託者」が家族信託の中核を担うような存在になります。そのため、権利の濫用防止と受益者保護のために、受託者は次のような信託事務を遂行するための義務や責任を負います。
- 善管注意義務:善良な管理者として常識の範囲内の注意を払う義務
- 忠実義務:委託者の信託目的に忠実に従う義務
- 分別管理義務:委託者から信託された財産と、受託者本人の財産を分けて管理する義務
委託された財産の使い方は、信託の目的に限定されています。当然ながら、受託者が勝手に委託者の預金を自分のために使い込むことは禁止されています。こうした義務を遂行することはもちろんですが、この三者間をつなぐ信頼関係も「家族信託」を成立させるうえでの大切なポイントだといえるでしょう。
なお、家族信託は「民事信託」と呼ばれることがあります。非営利目的で行い、さらに特定の人にだけ行うためです。これに対して営利目的で、不特定多数に行う信託契約は「商事信託」と呼ばれます。民事信託と商事信託は、受託行為を「どのような目的で、誰に対して行うか」の観点で区別した呼称であるといえます。
家族信託を早期検討すべき理由:認知症による口座凍結の防止
「家族信託」が近年注目されるようになった社会背景として、認知症になる65歳以上の高齢者割合が増加していることが挙げられます。2020年には16.7%になり、2040年には20.7%にまで上昇すると推計されており、実に「5人に1人」が認知症になる可能性があるとされています。こうした背景があり、認知症に不安を抱く人が増え、その対策として「家族信託」が注目されているのです。
もし、自分の親が認知症、または障がい者などになり、意思能力が十分でなくなるとどのような問題が起きるのでしょうか? 認知症などで「十分な意思能力(判断能力)のない者」が作成した遺言書は無効とみなされ相続対策が困難になるばかりか、親の預金が引き落とせなくなる「口座凍結」という事態に見舞われる可能性すらあります。
こうしたリスクを避ける相続対策の1つとして、「家族信託」は受託者に財産管理を託しているため有効であるといえます。
出典:内閣府「令和4年版高齢社会白書(概要版) 第1節 高齢化の状況」、厚生労働科学研究成果データーベース「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究|総括研究報告書 P.12」
成年後見制度との違い:身上監護や裁判所への報告義務がない
「家族信託」と似た制度に「成年後見制度」があります。「成年後見制度」とは2000年(平成12年)に施行された制度で、大きく分けると「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。
「家族信託」と同様に、認知症や障害により十分な意思能力(判断能力)がない人の財産管理を行います。それだけでなく、「成年後見制度」は介護サービスや入院などの手配・手続きといった生活のサポート(身上監護)も行う仕組みになっています。
家族信託のメリット・デメリット
家族信託をすることで得られるメリットと、知っておきたいデメリットを解説します。家族信託のメリット・デメリットを把握したうえで、その注意点も押さえておくと、さらに家族信託を利用すべきかどうかの理解を深められます。
家族信託の6つのメリット
「家族信託」を活用する6種類のメリットを解説します。
<1. 認知症などによる口座凍結を防げる>
認知症になると、それまでは問題なくできたさまざまな手続きに支障をきたします。まずは、預貯金の引き出しや振り込み、定期預金の解約といった銀行での手続きができなくなることが多いです。これは、銀行側が本人に意思能力(判断能力)がないと判断した場合、その本人の財産を保護する目的があるためです。その他にも、不動産取引や各種契約の締結、遺言書の作成、そして、本人が所有していた資産を代わりに運用・処分することもできなくなる場合があります。
家族信託では、本人以外の委託者に財産管理・運用する権利を委ねている状態です。したがって、認知症などで判断能力が低下して起こる、こうした「口座凍結」などの問題を防ぐことにつながります。
<2. 成年後見制度よりも義務や役割の負担が少ない>
成年後見制度では、成年後見人に「身上監護」や「家庭裁判所への報告」といった負担や義務が発生します。身上監護とは、本人の意思を尊重して介護サービスや入院などの手配・手続きといった生活支援を行うこと。家族信託は財産管理に特化しているため、身上監護を担う必要がありません。
また、成年後見制度では、家庭裁判所への年に一回の定期報告が義務化されているのも、家族信託との大きな違いです。成年後見人は、後見等事務報告書や財産目録などの書類を作成・提出しなければなりません。一方で、家族信託を見ると、委託者への報告義務は軽減または免除が可能で、税務署への申告も要件次第であり提出不要なケースがほとんどです。したがって、家族信託の方が成年後見制度よりも手続きなどの負担は少ないと考えられます。
<3. 受託者は税務署への書類提出が原則不要>
家族信託の契約手続きをするうえで、税務署への書類提出は原則不要なことがほとんどです。ただし、家族信託の要件次第で、財産管理を託された受託者は提出が必要になることを覚えておきましょう。書類提出が必要か判断する主なタイミングは、「開始時・契約期間中・契約変更時・終了時」の4つあります。
開始時点では、委託者と受益者が異なる場合は税務署に、「受益者別調書」などの届出が必要です。しかし、家族信託の形態は「委託者=受益者」となる「自益信託」がほとんど。そのため、家族信託の開始時点での書類提出は、「不要」であることが多いです。
契約期間中に、信託された不動産などの財産の年間収益が3万円(1年未満だと1万5000円)以上あった場合は、受託者は税務署への書類提出が必要です。年間の信託財産の状況などを記載した「信託の計算書」や「信託の計算書合計表」を、毎年1月31日までに受託者の住所地を所轄する税務署に提出しましょう。信託された財産が不動産などで収益がある場合が該当するため、自宅や預金だけを信託された場合には書類提出は不要だと考えられます。
契約変更時に提出する必要がある届出は、開始時と同じ「受益者別調書」などが挙げられます。ただし、財産評価額50万円以下であれば書類提出は不要です。
終了時でも、契約の変更時・開始時と同じく「受益者別調書」の提出が必要になることがありますが、提出不要となるケースが3つあります。信託財産の観点だと「残った信託財産(残余財産)がない」、「受益者ごとにみたときの残余財産の相続税評価額が、50万円以下である」ときです。さらに権利者の観点だと、契約が終了してから財産の精算終了までの間、受益者が「財産の帰属(所有)する権利」を持つ場合も提出不要になります。
これら3つの要件のいずれかに該当するときは書類提出が不要となります。なお、「受益者別調書」の提出期限は、開始時・変更時・終了時などの事由が発生した月の翌月末までです。受託者には、このように報告義務や帳簿作成などが課せられていますが、税務上は罰則やペナルティなどがほとんどないといえます。
参考:国税庁「[手続名]信託に関する受益者別(委託者別)調書(同合計表)」
<4. 委託者の希望に沿った資産運用がしやすい>
家族信託は、財産管理を託す委託者と、財産管理を託された受託者の間で取り交わされる契約行為です。そのため、契約内容の範囲であれば、受託者は財産を事由に管理・運用・売却ができます。成年後見制度では財産を処分する場合、家庭裁判所の許可を得る必要があります。そのため、家族信託の方が受託者に与えられる裁量が大きいといえます。
<5. 遺言のような機能・効力がある>
家族信託には、遺言のような機能・効力があります。家族信託の契約内に、委託者が死亡したときに、財産を継承する、またはその財産から発生する利益を取得できる人物を指定することができます。これを「遺言代用信託」といいます。
遺言制度も遺言代用信託も、財産を継承させる相手を指定している点で同じ目的の制度です。もし、遺言書を作成した後に、家族信託を契約した場合はどちらの内容が優先されると思いますか? この場合正解は「家族信託」です。遺言は一般法である民法に基づき、家族信託は特別法である信託法に基づく制度です。特別法は一般法よりも原則優先されるため、遺言書の作成の後か先かに関わらず、家族信託の内容が優先されます。
<6. 世代をまたいだ受益者(相続先)を指定できる>
家族信託は、何世代先にもわたって自分の所有財産を誰に相続させるのか、本人の意思で指定できます。これを「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」といいます。すなわち、遺言書だと1回目の相続(一次相続)までしか指定できませんが、家族信託であれば2回目以降の相続(二次相続)も受益者(相続人)の指定ができるということです。複雑な家庭環境で育ったなど、相続人同士で争いが起きないようにするために、二次相続以降も受益者を指定することに有効に働きます。
ただし、「家族信託」自体には「30年ルール」というものが存在しており、信託開始から30年経過した後に、新しく受益者となった人が死亡するとその信託は終了を迎えます。つまり「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」しても、家族信託自体に「30年ルール」があるため、永久的には受益者(財産権を持つ人)は指定されないということを覚えておきましょう。
家族信託の3つのデメリット
「家族信託」にはメリットだけでなく、デメリットもあります。「家族信託」を利用する際に、知っておきたい3種類のデメリットを解説します。
<1. 相談できる専門家の数があまりいない>
家族信託の専門家(弁護士・司法書士など)の数は、「成年後見制度」の専門家と比較して、全国的にあまり多くないといわれています。家族信託が、2007年(平成19年)に施行された比較的新しい制度というのが一因だと考えられます。家族信託の手続きを、本人や家族が自力で行うことは可能ですが、専門家に相談や依頼した方がよりスムーズに進むでしょう。しかし、あまり専門家の数が多くないというデメリットを覚えておきましょう。
<2. 受託者が使い込むリスクがある>
家族信託では、財産管理を託されている受託者が、委託者の財産を使い込んでしまうリスクがあります。受託者には、信託された財産管理・運用・処分を行う権限が与えられています。そのため、自分のために勝手に財産を売却するなど、委託者の利益にならないような行為をするリスクがゼロではありません。
こうしたリスクを回避するために、信託財産が適切に管理されているかを監視する「信託監督人」や、受益者(財産権を持つ人)の権利を代行してくれる「受益者代理人」を選出しておくことが有効です。
<3. 損益通算ができない>
受託者が信託された財産の中に、アパートやマンションなどの収益不動産が含まれている場合を想定します。信託された不動産が赤字になり損失が出たとしても、信託された財産以外の所得と損益通算(※1)ができません。
また、信託契約を複数に分けており、各契約をまたいだ不動産所得の損益通算も同様にできなくなっています。さらに、信託不動産が出した純損失を翌年に繰越すことも不可です。大規模修繕を予定している不動産は、家族信託の契約前に済ませておくことをオススメします。
(※1)損益通算:赤字の所得を他の黒字所得と相殺する計算方法。所得を減らすことで、所得にかかる税金も低く抑えることにつながります。
参考:国税庁「No.2250 損益通算」
家族信託の6つの注意点
家族信託のメリットとデメリットを把握したら、押さえておきたい家族信託の注意点も解説していきます。
<1. 直接的な節税対策にはならない>
家族信託は、家族間での財産に関する単なる信託契約です。したがって、「家族信託」自体に財産評価額を下げる、または特別控除の適用になるといった節税効果を家族にもたらすわけではありません。
<2. 認知症になると家族信託を利用できないことがある>
家族信託は、委託者と受託者に意思能力(判断能力)がある前提で取り交わされる契約です。そのため、医師から委託者が認知症と診断されると、家族信託の契約ができなくなる可能性が高くなります。しかし、あくまでも判定基準は意思能力有無です。初期や軽度の認知症で、公証人によって作成される「公正証書」の作成時に意思表示ができる状態であれば、家族信託の締結ができる可能性は残されています。
<3. 受益者は「確定申告」する必要がある>
信託契約で受益者(財産権を持つ者)となった人は、信託財産から発生した収益を得るため、翌年3月15日までに「確定申告書」を作成し税務署に提出し、所得税を支払わなければなりません。確定申告をする人物は、財産管理を託された受託者ではなく、財産から発生した利益を得ている「受益者」自身が行わければならないことに注意しましょう。
<4.「士業専門職」の人は受託者になれない>
万が一、受託者が司法書士・行政書士・税理士・弁護士といった士業専門職だった場合、信託業法に抵触してしまうため、原則として受益者になることが難しいです。
<5. 信託契約書をなるべく「公正証書」にして残す>
信託契約そのものは、委託者と受託者の合意で成立します。したがって、契約書に法的なルールは存在していません。しかし、公平性や信頼性の観点から信託契約書を公正証書として作成することが望ましいです。
公正証書の作成を担当するのは、公証役場の公証人。委託者に意思能力(判断能力)があるかを確認します。契約時に自分の氏名や生年月日が言えるか、財産を誰に信託しようとしているのか内容を理解できているかなどが判定の基準です。
<6. 長期間にわたり当事者を拘束してしまうことがある>
前述の通り、家族信託には財産の相続を何世代先にもわたり決定できる「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」があると説明しました。これは裏を返せば、本人が亡くなった後も長期間にわたり、資産の運用や処分について制限をかけてしまうということです。
財産を指定された人や周囲の人の意向まで、十分に汲み取れないことも想定されます。長期間にわたり相続相手を指定することが原因で、財産の所有や処分などを巡って争いになってしまう可能性もあることに注意した方がよいでしょう。
ただし、前述の通り「家族信託」自体には「30年ルール」というものが存在しており、信託開始から30年経過した後に、新しく受益者(財産権を持つ者)となった人が死亡するとその信託は終了します。さらに、委託者と受益者で解除の合意ができれば、信託契約を終了することも可能です。
家族信託が活用できる2つの代表的な事例
家族信託は実際にどのようなシーンで活用できるのでしょうか? すでに解説しているメリットの中で、活用事例の2つのパターンを解説します。
家族信託の活用事例1:家族の認知症対策
【登場人物】
妻Aさん、夫Bさん(死亡)、長男Cさん
【妻Aさんの希望】
「夫Bに先立たれ、認知症などで子どもに迷惑が掛からないように、余生は介護施設で過ごそうと考えています。そのために、早めに準備しておきたい。裕福な家庭ではないので専門家への支払いを抑え、長男Cの生活の邪魔にならないようにしたい」
【家族信託の設計】
委託者:妻Aさん
受託者:長男Cさん
受益者:妻Aさん
信託財産:自宅、預貯金
<ポイント1:受託者に財産を託せる>
仮に、妻Aさん(財産所有者)が心配しているように認知症が進行してしまったとしたら、預貯金をはじめとした財産の処分を家族が代わりに行うことが難しくなります。長男Cさんを委託者に、妻Aさんの自宅と預貯金を信託財産にします。
こうすれば、妻Aさんが認知症になったとしても、長男Cさんの判断で自宅の売却もでき、その売却代金を母への介護施設への入居費用に充てることも可能です。また、信託財産の運用について長男Cに意見できるため、妻Aさんの要望も反映できます。
<ポイント2:費用や手間を抑えられる>
「成年後見人制度」は家庭裁判所との手続き、承認までの所要日数、成年後見人への長期的な支払い義務が発生してしまいます。「家族信託」を選択することで、「早めに準備したい」「専門家への支払いを抑え」「事務手続きも少なく」という妻Aさんの希望に沿うことができます。
家族信託の活用事例2:障がいを持つ子どもの親亡き後対策
【登場人物】
母Fさん、長女Gさん、長男Hさん(重度の障がいがある)、支援施設 I
【母Fさんの希望】
「私もそろそろ歳なので、終活のことを考えています。とくに心配なのが、重度の知的障がいを持つ息子(長男Hさん)の生活。娘(長女Gさん)はときどき一緒に息子の世話もしてくれますが、結婚・独立している娘には娘の生活がありますからね。あと、支援施設 I のみなさんにも、とても親身になって息子を世話していただき感謝しています。息子が亡くなった後は、息子の財産を支援施設 I に寄付してお礼ができればと思っています」
【家族信託の設計】
委託者:母Fさん
受託者:長女Gさん
受益者:長男Hさん
残余財産の帰属先:支援施設 I
<ポイント1:受益者と長くいれる受託者を選べる>
重度の障がいを持つ子どもがいた場合に直面するのが「親なき後問題」。親が亡くなった後に限らず、認知症などで親が子どものサポートや監護ができなくなった場合にも関与してくる問題です。日常生活を問題なく送れるだけの判断能力が子どもにない場合、財産管理と遺産相続も当然ながら難しくなります。
そこで、障がいを持つ子どものために家族信託を利用する際のポイントが、障がいを持つ子どもと、できるだけ長くいれる人を「受託者」とすること。この事例では、年齢の近い長女Gさんが受託者に該当します。
障がいを持つ長男Hさんを受益者にします。そうすることで、受託者となった長女Gさんから受け取った信託財産の収入を施設への支払いに充てられるため、長男Hさんの生活が守られます。このような障害者を対象にする家族信託を「福祉型信託」と呼ぶことがあります。家族信託を活用することで、周囲の家族や親戚を受託者として、障がいを持っていても子どものために財産を管理してもらうことが可能です。
<ポイント2:残った信託財産を指定できる>
信託契約書には、受益者が死亡したときの残余財産(残った信託財産)をどこに帰属させるか、指定できるようになっています。その帰属先を、「支援施設 I 」にすれば母Fさんの希望が実現できます。こうした場面で、前述した「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」という仕組みが効果を発揮します。
子どもに遺言を自力で遺す能力がなく、かつ子どもの財産の相続人がいなくても、母Fさんが財産の最終的な行き先を一括で指定することで、解決に導くことができます。
家族信託の手続きの流れ
家族信託の大まかな手続きの流れ、家族信託に関する信託商品を展開している銀行・信託銀行各社を解説します。
家族信託のステップ:大まかな4つの流れ
家族信託の流れを、大きく4つのステップに分けて解説します。
まずは、家族信託の目的や契約内容を決めることに始まります。その後、家族信託の内容をまとめて契約書に落とし込み、さらに公正証書化して公的証明力を高めます。最後に、実際に信託財産を運用・管理するために、財産の名義変更や信託口口座(しんたくぐちこうざ)を開設していくという流れです。
それぞれ4つの手続きについて、順番に詳しく見ていきましょう。
<ステップ1. 家族で目的と内容を話し合って決める>
「家族信託」をどのような目的で行うのか家族間で話し合い、それぞれの合意を得ましょう。家族信託を行う目的はさまざまです。認知症対策なのか、財産をスムーズに引き継がせたいのか、あとで家族間でトラブルにならないように目的を明確にしておきましょう
<ステップ2. 家族信託を設計し、信託契約書を作成する>
家族信託を行う目的が家族間で定まったら、委託者・受託者・受益者、委託する財産、委託期間、その財産の将来的な帰属先(相続先)を決定しましょう。「家族信託を行う目的」を実現するための契約内容を決定したら、契約の条項(条文)に盛り込み、信託契約書の作成に取り掛かりましょう。
契約書を作成するうえでのポイントは、契約内容をできるだけ簡潔で正確な表現を心がけること。契約内容に不備や漏れがないかはもちろん、契約内容があいまいな表現になり、誤解や他の解釈が起きないように気を付けましょう。また、契約書自体の形式や作成方法は、厳密に確立されていません。信託契約書のひな形はインターネットを通じてダウンロードできるものもあるので、参考にすることもできます。
<ステップ3. 信託契約書を公正証書にする>
信託契約書は公正証書にしておくことが一般的です。信託契約書は当事者間が合意していれば、契約自体は有効です。しかし、信託契約書を公正証書にしておくことで、公的に高い証明力を持つ契約書になり、さらに信託契約書を紛失しても公証役場で再発行も可能になります。
その他にも、次の家族信託の手続きにあたる「法務局で行う不動産の名義変更」、「金融機関で行う信託口口座の開設」もスムーズに進むというメリットがあります。
<ステップ4. 財産の名義を変更し、信託口口座を開設する>
家族信託は、契約書の作成が完了したら終わりではありません。続いて、信託財産の名義変更や「信託口口座」の手続きなどを行う必要があります。信託財産の中に不動産が含まれている場合は、その不動産の所在地を管轄する法務局で「所有権移転、および信託」の登記申請を行いましょう。不動産の信託登記については、司法書士に相談したり、依頼したりすることが一般的です。
また、有価証券や預貯金などの金融資産が、信託財産に含まれている場合に必要となるのが「信託口口座」。「信託口口座」とは受託者が破産や死亡した場合でも、凍結しない口座を指します。「信託口口座」は信託財産を管理するための専用口座で、受託者自身が所有する資産と分別するために作成します。
家族信託に関する商品を展開している銀行・信託銀行の紹介
家族信託で必要となる「信託口口座」を作るために、銀行・信託銀行各社が提供している家族信託に関する信託商品を活用する方法もあります。各社が展開している信託商品を、どのような違いがあるかも交えて紹介し、解説します。
なお、銀行・信託銀行各社の家族信託に関する信託商品は、名称に「家族信託」が含まれていますが、本来意味する「家族信託(民事信託)」ではありません。信託報酬を支払う必要があるため、「商事信託」に分類されている信託商品であることに注意してください。
<三菱UFJ信託銀行「家族安心信託」>
三菱UFJ信託銀行の「家族安心信託」では、信託金額は最低でも1000万円以上で、信託期間は30年以内に設定されています。長期間の信託ができるメリットがありますが、原則として引出しと解約ができないデメリットがあることも押さえておきましょう。
受取方法は月1回から年1回まで、6種類のサイクルから受取方法を選択し、希望金額を決定して受け取る仕組みになっています。なお、この商品は単独で申し込めないため、遺言信託「遺心伝心」と必ずセットで利用の申し込みをする必要があります。
<三井住友信託銀「家族おもいやり信託」>
三井住友信託銀行では、委託者が死亡した際に、生前に指定した受取人に信託財産を提供する信託商品「家族おもいやり」を展開しています。
信託財産の受取方法については、「一時金型」、「年金型」の2種類から選択できます。年金型の受取サイクルは毎月か隔月かの2種類から選択できます。また、利用の申し込みができる信託金額は「一時金型」は100万円から500万円まで、「年金型」は500万円から3000万円までです。
<みずほ信託銀行「安心の贈りもの」>
みずほ銀行では、委託者が死亡した際に、生前に指定した受取人に信託財産を提供する信託商品「安心の贈りもの」を展開しています。
信託財産の受取方法は、「一時金型」と「年金型」のどちらかを指定できます。前者では葬式費用として、後者では月々の生活費として活用することが想定されます。信託金額は「一時金型」が100万円から1000万円まで、「年金型」は500万円から3000万円までです。
<りそな銀行「介護・認知症対策信託 ~資産承継信託~」>
りそな銀行では、2種類の資産承継信託「マイトラスト」「ハートトラスト」が用意されています。「マイトラスト」は信託金額が1000万円以上で、「ハートトラスト」は50万円から500万円までとなっています。また、一括受取か毎月受取ができるプラン「マイトラスト」だけです。
(※各商品は2023年1月25日時点での情報に基づいています)
家族信託で発生する費用・税金はどれくらい?
家族信託を行うと決めた場合、実際に必要となる金額はどれくらいなのでしょうか? 自分たちですべて行うのか、専門家に任せるのかで費用は変動します。また税金に関しても、必ず発生するものと、そうでないものに分けられます。
家族信託で発生する費用と税金に関する全体像を解説していきます。
家族信託の費用相場は50万円程度
家族信託に関する費用相場は、信託財産に不動産が含まれている場合は50万円から100万円程度、不動産が含まれていない場合は30万円から70万円程度と一般的にいわれています。
家族信託の手続きに掛かる費用の大まかな内訳は、以下の通りです。
手続き項目 | 相場費用 |
---|---|
専門家への相談費用 | 信託財産の1%程度 (最低30万円が多い) |
公証人への公正証書の作成費用 | 3~10万円 |
専門家への公正証書の代行費用 | 10~15万円 |
司法書士への不動産登記の 手続き費用 | 8~12万円 (登記1件あたり) |
信託口口座の開設費用 | 5~10万円 (1口座あたり) |
司法書士・弁護士などの専門家に相談することで、家族間で話し合った「家族信託をする目的」を実現するため、契約内容を設計してもらえます。専門家への相談・コンサルティング費用は、信託財産の1%程度が目安ですが、最低でも30万円は費用として支払うことが多いようです。
信託契約の「公正証書の作成費用」は、信託された財産の評価額や契約内容で変動します。たとえば、信託された財産の評価額が100万円以下であれば作成費用は5000円、100万円から200万円までは7000円という具合に、一定の値段区分を超える度に増加していきます。
相場である公正証書の作成費用3~10万円の範囲を見てみます。約3万円は「3000万円超から5000万円以下」、そして約10万円になると「3億円超から10億円以下」の財産評価額が該当するイメージです。本人たちだけで公証人に直接作成を依頼すれば、公正証書の作成費用だけで済みます。
もし、自分たちで公正証書の手続きを行うことが難しい場合は、司法書士・弁護士などといった専門家に手続きの代行を検討してみましょう。「専門家への相談費用」は「公正証書の代行費用」と基本的に別ですが、「公正証書の代行費用」が含まれることもあるので、専門家に確認しましょう。なお、公正証書の作成手続き代行費用相場は10万円から15万円程度で、必要書類の手配や公証人との打合せを専門家に任せられます。
不動産の信託登記の手続きが発生するのは、信託財産に不動産が含まれている場合のみです。不動産の名義変更の費用では税金が必ず追加で発生します。司法書士に相談・依頼した場合、1件あたり8万円から12万円程度の費用が発生するため、複数の不動産を信託する場合は注意しておきましょう。
最後に、信託された財産を管理するための専用口座である「信託口口座の開設手続き費用」は、銀行などのほとんどの金融機関で発生します。1口座あたり、5万円から10万円程度の費用が発生します。ただし、金融機関によっては無料で信託口口座を開設できるところもあります。
家族信託で発生する税金
家族信託を利用して発生する可能性のある税金「登録免許税・固定資産税・相続税・贈与税・所得税(法人税)」について解説していきます。家族信託では、登録免許税・固定資産税を除き、財産権を持つ受益者が税金を支払う「受益者課税の原則」(※2)が基本的に適用されます。
<登録免許税>
信託財産が預貯金などの金融資産だけであれば、不動産の信託登記をするための税金は発生しません。しかし、信託財産に不動産が含まれている場合は、信託登記の申請時に「委託者」または「受託者」が「登録免許税」を支払う必要があります。
不動産の所在地を管轄する法務局にて、「所有権移転登記」と「信託登記」の申請を行います。所有権移転登記は非課税ですが、信託登記に対して「登録免許税」が発生します。登録免許税は固定資産税評価額を基準に算定され、建物については固定資産税評価額の0.4%、土地については0.3%(※3)が課税されます。
<固定資産税>
家族信託を契約し名義変更を行うと固定資産税の納税通知書は、不動産の所有者(所有権登記名義人)である「受託者」に送付されるようになります。ただし、委託者は管理・運用を任されている立場であるため、受益者(財産権を持つ人)が支払いを負担することもできます。
<贈与税>
委託者と受益者が同じ「自益信託」であれば、他人に財産が移ったとみなされないため、贈与税は発生しません。しかし、委託者と受益者が異なる「他益信託」というケースもあります。他益信託であれば、財産が他人に移ったとみなされて、受益者(財産権を持つ人)に対して贈与税が発生します。
他には、「委託者=受託者」である「自己信託」も生前における財産移動と捉えられ、「みなし贈与」として贈与税の課税対象になる可能性があります。自己信託は「財産を贈与したいけど、これまで通り管理・処分は自分でやりたい」ときに利用される信託方法です。「自己信託」と「自益信託」は似ていますが、異なる意味ですので注意しましょう。
<相続税>
相続税は、財産所有権を持つ受益者が死亡して、相続が発生すると信託財産の権利を継承する際に、その権利を継承する人に対して発生します。
<所得税>
所得税は、信託財産から生じる利益を受け取る受益者(財産権を持つ人)が基本的に課税対象者となります。信託方法別に見ると、「自益信託」であれば委託者兼受益者が、「他益信託」であれば受託者が課税対象者になります。また、法人が受益者であれば、所得税ではなく法人税を納めます。
(※2)参考:一般社団法人信託協会「信託と税金」
(※3)令和5年3月31日まで0.3%の軽減措置が適用されています。
参考:法務局「令和3年4月1日以降の登録免許税に関するお知らせ」
家族信託の利用は早めに検討しよう
ここまで解説してきた通り、「家族信託(民事信託)」は、信頼できる家族に自分の財産を託し、運用・管理・処分を任せられる新しい制度です。親が認知症になったときや、自分の子どもが重い障がいを抱えている場合などに、自らの意思を反映しやすく相続対策にも活用できます。
家族信託(民事信託)を専門家に任せたときの費用は決して安いとはいえません。しかし、大切な家族の財産を安全に、かつ確実に次の世代に継承するための有効な方法であるといえます。
成年後見制度は親が認知症になってからでも利用できますが、逆に、家族信託(民事信託)は認知症になってからでは利用できず手遅れになる可能性が高いです。そのため、家族信託(民事信託)を利用するのであれば、専門家への無料相談や依頼も含め、トラブルになる前に家族で検討することをオススメします。