特別受益の持ち戻しの免除ができるかどうかお悩みではありませんか。特別受益の持ち戻し免除とは、亡くなった方からの生前贈与などを考慮せずに遺産分割することです。しかし、免除するには亡くなった方の意思表示が必要です。本記事では、特別受益の持ち戻し免除の概要や免除する方法、注意点について詳しく解説します。判例もご紹介しているため、参考にしてください。特別受益の持ち戻し免除の理解を深め、円滑な遺産分割を進めましょう。
目次
特別受益の持ち戻し免除とは?
特別受益の持ち戻し免除とは、特別受益を持ち戻さずに遺産分割することです。
特別受益の持ち戻し免除についての理解を深めるために、下記の順番に詳しく解説します。
- 特別受益とは
- 特別受益の持ち戻しとは
- 特別受益の持ち戻し免除とは
それぞれの用語の意味をしっかり確認し、順序立てて特別受益の持ち戻し免除について理解しましょう。
特別受益とは
特別受益とは、複数の相続人がいるときに、一部の相続人だけが亡くなった方から受け取っていた利益のことです。
たとえば、父親が死亡し、長男・次男・三男の3人が相続人だったとき、長男だけが生前贈与で多額の資金援助を受けていた場合に特別受益があったといいます。
特別受益の役割は、特定の相続人が特別な利益を受けていたことを明確にすることです。
ただし、特別受益の定義は法律で定められていません。何が特別受益と呼べるのかは、亡くなった方の収入や資産状況、他の相続人とのバランスなどを考慮する必要があります。
仮に「結婚資金のために300万円の生前贈与を受けた」という事実があったとしても、ご家庭の事情によって特別受益とみなされるケースも特別受益とみなされないケースもあります。

特別受益の持ち戻しとは
特別受益の持ち戻しとは、特別受益を考慮して遺産分割を行うことです。つまり、遺産分割時に相続財産の額に特別受益の額を加算して、相続分を計算することになります。
特別受益の持ち戻しを行う目的は、公平な遺産分割を行うことです。長男だけが多額の資金を受け取っていたにもかかわらず、その事実を無視して遺産分割をすると不平等が生じます。そのため、特別受益を考慮して遺産分割を行い、相続人間における遺産分割の公平性を高めます。
たとえば、長男・次男・三男の3人の相続人のうち、長男だけが生前贈与で600万円受け取っていたとしましょう。また、相続財産は3000万円だったと仮定します。
このとき、特別受益を考慮せずに3人で法定相続分通りに遺産分割をすると、1人あたり1000万円相続することになります。しかし、長男はすでに生前贈与によって600万円を受け取っているため、亡くなった方から財産分与された額の合計は1600万円です。1000万円ずつしか受け取れない次男と三男は不公平に感じるでしょう。
そこで、相続財産3000万円に特別受益600万円を加算した3600万円を法定相続分通りに遺産分割すると1人あたり1200万円相続することになります。長男が受け取る1200万円の内訳は、生前贈与の600万円+相続600万円です。次男と三男は、それぞれ1200万円ずつ相続します。
なお、土地や建物などの評価が必要な財産が特別受益となる場合、持ち戻しの際の金額は相続時の評価額です。生前贈与を受けたときの評価額ではないため、注意しましょう。
特別受益の持ち戻し免除とは
特別受益の持ち戻し免除とは、特別受益を持ち戻さないで遺産分割をすることです。
民法では、特別受益について下記のように記されています。
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。※引用:民法|第903条(特別受益者の相続分)
このように、特別受益の持ち戻しは相続人同士における公平性を高めるために定められていますが、亡くなった方の意思を尊重することもできます。
たとえば、「同居して身の回りのお世話をしてくれた相続人には多くの財産を与えたい」「長男に家業を任せたいから事業資金として渡した特別受益を持ち戻してほしくない」といった事情などがある場合に、被相続人はその意思を示すことが可能です。
ここまでの内容を表にまとめると、下記の通りです。
特別受益 | 被相続人の生前に、一部の相続人が受け取った特別な利益 |
---|---|
特別受益の持ち戻し | 特別受益を相続財産に加算して遺産分割をすること |
特別受益の持ち戻し免除 | 特別受益を考慮した遺産分割をしないこと |
なお、亡くなった方の持ち戻し免除の意思表示がなければ、持ち戻し免除は認められません。
特別受益の持ち戻しを免除する方法
特別受益の持ち戻しを免除するための意思表示に決まったルールはありません。明示の意思表示はもちろん、黙示の場合にも認められるケースがあります。
下記のポイントごとに詳しく確認しましょう。
- 特別受益の持戻し免除の意思表示
- 意思表示の具体的な方法
順番に解説します。
特別受益の持戻し免除の意思表示
特別受益の持戻し免除の意思表示とは、何らかの形で特別受益の持ち戻しを免除してほしいと亡くなった方本人が意思を示すことです。
遺言書を用いて意思表示されることが多いものの、法律上の定めはありません。メモや口頭での意思表示も認められます。
また、文書や口頭における明示的な意思表示がなくても、亡くなった方の言動や相続人との関係性などを考慮して、特別受益の持ち戻しを免除する黙示の意思表示が認められるケースもあります。
意思表示の具体的な方法
意思表示の具体的な方法は、下記の3つに大きくわけられます。
- 明示の意思表示
- 黙示の意思表示
- 居住用不動産を贈与(おしどり贈与)
詳しく確認しましょう。
明示の意思表示
明示の意思表示をする方法の具体例は、下記の通りです。
- 遺言書や契約書、メモに意思を記載する
- 口頭で意思を伝える
もっとも客観的に意思が伝わる方法は、遺言書や契約書に記載しておくことです。物的証拠が残るうえに、第三者にも明確に意思が伝わります。
持ち戻し免除の意思があったかどうかの確認は、意思表示をした方が亡くなったあとになります。つまり、亡くなったあとに意思表示の有無が確認できるよう、物的証拠があるに越したことはありません。
そのため、口頭だけでは相続人同士で「聞いた」「聞いていない」と揉める原因になりかねません。また、メモに残す場合、保管性の低さや破棄・改ざんなどの懸念があります。
黙示の意思表示
黙示の意思表示でも、特別受益の持ち戻し免除が認められる場合があります。明示的ではされていないものの、さまざまな事情を考慮して特別受益の持ち戻し免除が認定されます。
黙示の意思表示があったとみなされるケース例は、下記の通りです。
- 家督相続や事業承継をする相続人への生前贈与
- 介護や日常生活のサポートなどへの見返りとしての生前贈与
- 財産を多く受け取る必要性があったときの生前贈与
ただし、黙示の意思表示はトラブルの原因になりやすく、遺産分割調停や訴訟に発展するケースも否定できません。
もし、特定の相続人へ多くの財産を残す希望がある際には、遺言書や贈与契約書などを活用して明示の意思表示をするようにしましょう。
居住用不動産を贈与(おしどり贈与)
婚姻年数20年を超える夫婦が配偶者に対して居住用の不動産を生前贈与したとき、明示の意思表示がなくても特別受益の持ち戻し免除として認められます。
長期間にわたって夫婦生活を営んできた2人のうち、どちらかが配偶者に自宅を生前贈与した場合、配偶者の生活基盤を安定させたいという思いが明確であると考えられるからです。
これは、令和元年7月1日に施行された改正民法から適用された内容で、903条第4項に記載されています。
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。※引用:民法|第903条(特別受益者の相続分)
つまり、婚姻期間が20年以上の夫もしくは妻から配偶者に対して、同居していた家や土地が贈与された場合、その家や土地についてを考慮せずに遺産分割を行うこととなります。
なお、贈与の際にも要件を満たしていれば、贈与税の配偶者控除を受けることが可能です。

特別受益の持ち戻し免除が認められた具体的なケース
持ち戻し免除が認められる具体例は、下記の通りです。
- 特別受益の持ち戻し免除について、明示もしくは黙示の意思表示がある場合
- 婚姻20年以上の配偶者への居住用不動産の贈与(おしどり贈与)だった場合
特別受益の持ち戻し免除の意思表示が明確である場合、持ち戻し免除が認められる可能性が高まります。また、相続人全員が持ち戻し免除に納得している場合、書面がなくても免除が認められ、スムーズに遺産分割を進められます。
ただし、黙示の意思表示であり、相続人が持ち戻し免除の効力を問う場合には裁判に発展するケースも否定できません。
具体的に、意思表示が認められた判例と認められなかった判例についてご紹介します。
持ち戻し免除が認められた過去の判例
持ち戻し免除が認められたケースを3つご紹介します。
<横浜家庭裁判所審判平成6年7月27日>
被相続人が一部の相続人に対して婚姻支度・住居の補助をしていた件について、被相続人はそれぞれの婚姻に対して親として当然のことをしたものであり、遺産分割で清算してほしいという意思は見えないとし、持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
<神戸家庭裁判所平成15年8月8日>
相続人に対して2年間で250万円送金した件について、被相続人が東京でひとり暮らしをする相続人の生活を心配して送金したことが相当とし、持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
<東京家庭裁判所審判平成21年1月30日>
被相続人の孫が3歳から高校生までの間、相続人(親)ではなく被相続人(祖父母)と同居し、長年教育資金を出していた件について、孫の養育費を負担することは相続の際に特別受益として考慮しる意思はなかったと推認されるため、持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
このように、さまざまな事情や背景によって、持ち戻し免除の意思が認定されています。
持ち戻し免除が認められなかった過去の判例
一方、持ち戻し免除が認められなかったケースを3つご紹介します。
<東京地方裁判所判決平成25年12月26日>
被相続人が相続人の債務5000万円の補償債務を履行し、求償権を行使しなかった件について、被相続人が相続人に対して債務弁済以外に建物を贈与していることから持ち戻し免除の意思を否定した。
<大阪高等裁判所判決平成25年7月26日>
遺言によって贈与された不動産について、遺贈について持ち戻し免除が認められるためには生前贈与と比べてより明確な意思表示をされなければならないとし、持ち戻し免除の意思を否定した。
<東京地方裁判所判決平成28年3月23日>
遺留分減殺請求訴訟において、被告に対する生前贈与が特別受益に該当すると原告が主張し、被告が特別受益に該当するとしても持ち戻し免除の意思表示があったと主張する事案において、たとえ持ち戻し免除の意思があったとしても遺留分制度の趣旨からすると遺留分の算定には生前贈与を含めるべきとし、持ち戻し免除の意思を否定した。
このように、一見似た事案であっても、さまざまな角度から特別受益の持ち戻し免除の意思があったかどうかが判断されます。
特別受益の持ち戻し免除に関する注意点

特別受益の持ち戻し免除に関する注意点は、主に5つあります。
- 持ち戻し免除があっても遺留分計算には反映する
- 持ち戻し免除の意思表示はいつでも撤回ができる
- 持ち戻し免除は相続トラブルに発展しやすい
- 持ち戻し免除の意思表示は書面でおこなうべき
- 持ち戻し免除に応じてくれない場合の対処法を知っておく
詳しく確認し、トラブルに発展しないよう注意しましょう。
持ち戻し免除があっても遺留分計算には反映する
意思表示が明確にあったとしても、遺留分を計算するときに特別受益は基礎財産に含める必要があります。遺留分とは、亡くなった方の配偶者や子ども、両親などに認められている最低限受け取れる遺産の割合です。
仮に、長男・次男が相続人だったとき、遺産総額が1000万円だったとしましょう。このとき、「長男にすべての財産を相続させる」という遺言書が残されていたとしても、次男は遺留分である4分の1の250万円を長男に対して請求することが可能です。
しかし、すでに長男が住宅資金の援助として600万円の生前贈与を受けていた場合、遺言書に「長男に行った生前贈与による特別受益の持ち戻しはすべて免除する」と書かれていたとしても、遺留分計算に含めなければなりません。
つまり、遺産総額1000万円に特別受益600万円を加算した1600万円の4分の1である400万円が遺留分です。
ただし、遺留分を計算する際には、相続開始前10年以内の特別受益しか考慮されない点に注意しましょう。

持ち戻し免除の意思表示はいつでも撤回ができる
持ち戻し免除の意思表示をしたとしても、意思表示をした方はいつでも自由に撤回することが可能です。
たとえば、長女に結婚資金を援助して持ち戻し免除の意思表示をしたとしても、次女が結婚したときに同じ金額の援助ができなかったため、代わりに持ち戻し免除の意思表示を撤回したいということもあるでしょう。
撤回の意思表示の方法に決まりはありませんが、遺言書や契約書などの書面で行うと確実です。
持ち戻し免除は相続トラブルに発展しやすい
特別受益の持ち戻し免除は、相続トラブルの種になりやすいため注意しましょう。
なぜなら、一部の相続人だけが生前贈与を受けているため、生前贈与を受けていない人が不公平に感じるためです。一部の相続人だけが資金援助を受けていたことを「ずるい」と感じてもおかしくありません。
特に、口頭での意思表示や黙示の意思表示の場合には、立場によって見解が分かれます。「そんな話聞いたことない」「父だったらこう思っているはずだ」などと、それぞれの相続人が主張するためです。
持ち戻し免除の意思表示は書面でおこなうべき
持ち戻し免除の意思表示は書面でおこなうようにしましょう。
たしかに、持ち戻し免除の意思表示方法は法律上決められておらず、口頭や黙示でも認められます。しかし、「言った」「言っていない」と水掛論になったり、相続人によって黙示に見解が分かれたりする場合があります。
誰にでもわかる意思表示がなければ相続トラブルの原因にもなりうるため、書面に残して意思表示を明確にしましょう。
持ち戻し免除に応じてくれない場合の対処法を知っておく
特別受益の持ち戻し免除に応じてくれない場合、下記の順番に対処していきましょう。
- 当人同士での話し合い
- 専門家に遺産分割協議の仲介を依頼
- 遺産分割調停・審判で解決
特別受益に関して当人同士で話し合っても折り合いがつかない場合、まず弁護士に相談しましょう。遺産分割協議を仲介してもらうことで、冷静な話し合いができます。法的な見解や過去の判例などをもとに、建設的に話し合いを進められます。
それでも合意に至らない場合は、遺産分割調停・審判をして分割しなければなりません。早期解決のため、早めに弁護士に相談しましょう。
特別受益の持ち戻し免除のトラブルは弁護士に相談しよう
特別受益の持ち戻し免除とは、特別受益を持ち戻さずに遺産分割することです。免除の要件には、被相続人の意思表示があります。
意思表示の方法には法的ルールが定められておらず、口頭や黙示でも問題ありません。しかし、文書で残っていなければ相続トラブルに発展する恐れがあります。
遺産分割協議において、特別受益をめぐるトラブルは珍しくありません。相続人同士で合意が取れない場合は、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
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