長年在宅での介護を経て亡くなった方の相続は、家族間でトラブルに発展する事例をよく耳にします。法律知識がないまま遺産分割すると、家族関係が悪化してしまうかもしれません。本記事は、介護をめぐるトラブルの事例や生前にできる対策について解説します。今介護を頑張っている方や頑張ってきた方の苦労が報われるようお役に立てれば幸いです。
目次
介護をめぐる相続の揉め事・トラブルは起こりやすい
亡くなった方を家族や親族が介護をしていたとき、相続時に揉め事やトラブルに発展する事例は少なくありません。
たとえば、相続する権利のある兄弟3人のうち長男だけが介護をしていた場合や、法定相続人でない孫や息子の配偶者が介護をしていた場合などです。
被相続人のために尽くしていた方が何もしてこなかった方と同等の遺産を分けることになったり、法定相続人でないからという理由で遺産を分けてもらえなかったりすると、不公平に感じてしまっても仕方ないでしょう。
まずは、以下のような介護をめぐる相続の揉め事・トラブルの事例をご紹介します。
- 法定相続分が介護の負担に見合わない
- 介護費用や生活費を立て替えていた
- 生前贈与による差が不公平に感じる
- 介護していた人による被相続人の財産の使い方が不透明
- 相続人ではない人が介護をしていたため不満が出る
順番に確認しましょう。
法定相続分が介護の負担に見合わない
法定相続分が介護の負担に見合わないと感じることから、トラブルに発展する場合があります。
以下のようなケースで介護の負担が一部の相続人に偏っていると、介護をしてこなかった相続人と同等の遺産をもらう権利しかないことに不満を感じてしまいます。
- 長期間にわたって介護が続いた
- ヘルパーに頼らず同居して介護していた
- 介護以外に住宅リフォームをして経済的な負担が大きかった
たとえば、長男だけが介護の負担を担っていたとしても、他の兄弟姉妹との法定相続分の割合は同じです。
不公平だと感じた相続人の主張によって、遺産分割協議がまとまらない可能性があります。
介護費用や生活費を立て替えていた
金融機関では、認知症の診断や死亡の事実が確認されると、本人の口座が凍結されてしまいます。そのため、介護費用や生活費の引き出しができなくなり、介護をしている人が用立てることとなるケースもあるでしょう。
長期間に渡って立て替えをしていたとすると、大きな金銭的負担がかかります。他の相続人から援助を断られていたとき、相続が始まってからトラブルに発展する場合があります。
生前贈与による差が不公平に感じる
被相続人が介護をしてくれていた人に生前贈与をしていた場合、介護をしていなかった法定相続人が不公平だと主張する場合があります。長年にわたって介護をしてくれた感謝の気持ちを込めて、預貯金の一部や実家の土地・家屋を生前贈与するケースは珍しくありません。
しかし、民法において「特別受益の持ち戻し」といって、一部の相続人が受けた贈与を遺産に含めて再分配する制度があり、他の相続人が制度を活用する場合もあるでしょう。特別受益の持ち戻しをきっかけに家族関係が悪化するケースも十分に考えられます。
「特別受益」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
介護していた人による被相続人の財産の使い方が不透明
認知症を発症していた場合や身体が自由に動かなかった場合など、介護をしていた家族が被相続人の財産を管理していたケースはよくあることです。
しかし、「本当に被相続人のためにお金を使ったのか?」と疑念を抱く相続人が出てくることがあります。実際には介護費用や生活費のために通帳から現金を引き出していたにもかかわらず、疑念を持たれると良い気分にはならないでしょう。
また、実際に他の家族に話さず、被相続人の財産を勝手に使っていたケースもあるかもしれません。このように被相続人の財産の使い方が不透明だと、家族間で言い争いになる可能性があります。
相続人ではない人が介護をしていたため不満が出る
相続人ではない人が介護をしていた場合、不満が出てしまってトラブルに発展する場合があります。
よくあるケースとして、被相続人の息子の嫁が献身的に介護に専念していたケースが挙げられます。相続人は誰1人として介護に携わってこなかったにもかかわらず、嫁は法定相続人に含まれないため遺産を引き継ぎたいと主張できません。
労いの言葉や配慮がなければ、揉め事の種になってしまうでしょう。
介護を理由に遺産を多く相続する・法定相続人ではないが相続することはできる?
「介護を理由に遺産を多く相続できるはずだ」「法定相続人ではないけれど介護を頑張ってきたから遺産を相続できる権利があるはずだ」と考える方がいます。
しかし、法律の観点から考えると、介護をしたかどうかによって遺産を相続できる配分が変わることは基本的にありません。順番に詳しく確認しましょう。
介護を理由に相続で多くもらえるという法律上の決まりはない
介護を理由に相続で多くの遺産をもらえることは、法律上決まっていません。
たとえば、長男が同居して介護をしていて負担が大きかったとしても、介護に一切関わらなかった次男との相続分は同じです。法定相続人に該当しない人の場合、遺言や特別寄与料が認められないと遺産を引き継ぐ権利すらありません。
もちろん、このあとご紹介する事前対策をしておくことで介護をしてきた人に配慮することは可能です。
ただし、どの法定相続人にも「遺留分」といって最低限保証された取り分があります。万が一、長男の嫁がすべての介護を行っていて、遺言書に「すべての財産を長男の嫁に」と記載されていた場合でも、法定相続人は遺留分を主張できます。
「遺留分」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
遺産分割協議で寄与分を主張することができる
遺産分割協議を行う際、介護を行ってきた人は寄与分を主張し、他の相続人にも認められれば他の相続人より多い遺産を相続できる可能性があります。寄与分とは、被相続人に対して特別な寄与をした人に貢献度に応じて相続できる財産を加える制度です。
介護における特別な寄与とは、以下のような要件を満たす場合に認められます。
- 無償で介護した
- 介護をしたことで財産の維持・増加につながった
- 相続財産が多く受け取れるほどの後見だった
ただし、要件を満たしているかどうかの判断は、他の相続人全員が認める必要があります。
たとえば、長男・次男・長女の3人が法定相続人だったとき、長女が介護による特別な寄与を主張しても長男・次男の2人も認めなければ、余分に遺産を受け取ることはできません。
全員で合意できない場合は調停・審判に発展する可能性があります。調停・審判の正式な場では、寄与分を主張をするために明確な事実と証拠の提示が必要です。
また、寄与分が認められると他の相続人の取り分が減ってしまうため、裁判所で認められにくいとされています。
法定相続人以外の場合は「特別寄与料制度」という制度が創設された
義理の親の介護を行ってきた嫁という立場だと、法定相続人ではないため原則遺産を相続する権利はありません。しかし、特別寄与料の制度という新しい制度が近年制定されたことで、遺産を引き継ぐ権利があると主張できるようになりました。
従来、法定相続人として認められたのは、被相続人の配偶者と血縁関係のある親族のみでした。しかし、相続権のない親族が亡くなった方の介護を献身的に行って遺産の維持に貢献した人があまりにも報われない不当な結果になってしまいます。
このような経緯から、相続人でない親族であっても寄与した分の遺産を受け取れるようになりました。被相続人の介護や看護をしてきた親族が、貢献度合いに見合う報酬を遺産から受け取る権利を主張できます。
ただし、介護や看護をしていた人すべてが請求権を持っているわけではありません。特別寄与料の制度を利用するには、以下の要件を満たす必要があります。
- 6親等以内の血族や3親等以内の姻族であること
- 被相続人の死亡前に看護や介護などの行為を行っていたこと
- その行為が、相続人や被相続人の同居者などの協力を得られなかった場合に限られること
- その行為が、通常の親族間の援助や助力を超える内容だったこと
- 被相続人の死亡から1年以内にその行為に対する金銭の支払いを求めること
養子縁組や遺言書がない場合でも、特別寄与料の制度によって報酬を請求できます。
ただし、特別寄与料を受け取ると、被相続人から遺贈されたものとして扱われるため課税の対象となります。親子や配偶者が遺贈された場合の相続税は2割加算されるため、負担が大きくなるかもしれません。
請求をするには裁判所に申し立てをする必要があり、認められるまでに1年以上かかる場合もあります。
また、特別寄与料は金銭に限定されています。同居していた家の土地・家屋などを請求することはできません。
介護をめぐる相続の揉め事・トラブルを事前に防ぐための生前対策
介護があったことで発生しうる相続の揉め事・トラブルを回避するためには、生前における対策が欠かせません。対策方法は、主に6つあります。
- 遺言書を書いてもらう
- 生前贈与を受ける
- 負担付死因贈与契約を締結する
- 養子縁組をする
- 生命保険金の受取人に指定してもらう
- 通帳・預金管理を透明化しておく
順番に確認し、最適な方法で対策しましょう。
遺言書を書いてもらう
「介護をしている人に対して遺産を多く残したい」という旨を遺言書に書いてもらいましょう。
遺言書は、財産をだれにどのように残したいかを相続人に伝えるための手段です。遺言書があれば法定相続分よりも優先されるため、介護をしている人に多くの遺産を引き継ぐことができます。もちろん、法定相続人以外にも遺産を残すことが可能です。
また、遺言書には自分の意思や思いを残せます。たとえば「介護で苦労をかけたことを大変感謝している」「他の相続人にも感謝をしているが、毎日献身的に世話をしてもらった長男に多くの財産を残したい」と記載すれば他の相続人も納得してくれるでしょう。
ただし、相続人には遺留分を主張する権利があります。そのため、「すべての財産を介護してきた長男に残す」という内容の遺言書を残しても、他の相続人が遺留分を主張して意思通りの遺産分割がされない可能性があります。
遺言書を作成する際は遺留分に配慮して他の相続人にも財産を残すようにすると、家族間でのトラブルに発展しづらいです。
「遺言書」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
生前贈与を受ける
生前贈与を受けることで介護をしている人が多くの財産を引き継ぐことができます。生前に財産の権利を移転させておけば、遺産分割では平等でも多くの財産を受け取れます。
生前贈与には、介護をしている相続人と介護を受けている被相続人との合意が必要です。口頭でも契約は成立しますが、トラブルを避けるためにも贈与契約書を作成して証拠を残しておきましょう。
ただし、令和6年1月1日以降に発生した相続について、生前贈与を受けてから7年前に贈与した方が亡くなった場合、贈与はなかったものとして相続財産に含めて相続税の計算をしなければなりません。
令和5年12月31日以前に発生した相続については、3年前まで遡って贈与された財産を相続財産に含めて相続税の計算をします。これを「持ち戻し」と呼びます。
持ち戻しの対象は、法定相続人のみです。孫や子どもの配偶者であれば対象ではないため、節税対策としても効果的です。
負担付死因贈与契約を締結する
介護を受けている人と介護をしている人が負担付死因贈与契約を締結して、多くの財産を受け取れます。
負担付死因贈与契約とは、贈与をする方が贈与を受ける方に負担を強いることで成り立つ契約の1つです。贈与をする方が死亡することで効力が発揮される契約です。
つまり、「日々の生活の介護・介助をしてもらう代わりに、自分が死亡したら金銭500万円を贈与する」といった契約を交わすことができます。この契約を交わすことで介護をしている人は、他の相続人よりも財産を多く受け取れます。
生前贈与と同様に、法律上では口頭での契約でも問題ありません。しかし、トラブルを避けるために契約書を交わして証拠を残しておきましょう。
ただし、負担付死因贈与契約によって得た財産は相続税の課税対象です。また、遺留分を侵害した際には、法定相続人から遺留分を請求される場合もあります。他の相続人に配慮した財産の内容で契約を交わしましょう。
養子縁組をする
介護をしている人が相続人でない場合、法的に相続権を与える方法として養子縁組を検討しましょう。介護をしている人が介護を受けている人の養子になれば、実子と同等の相続ができる権利を得られます。
たとえば、本来の法定相続人が長男・次男の2人だったとしましょう。仮に長男の嫁が介護をしており相続の権利を与えたいと考えるのであれば、長男の嫁を養子にすることで法定相続人にできます。
養子縁組で子どもとなった人の法定相続分は、実子と同等です。例でいうと、本来長男と次男は2分の1ずつ受け取れるはずだったにもかかわらず、長男の嫁が養子になることで3分の1ずつの取り分となります。
このように養子縁組によって他の相続人の受け取れる遺産が少なくなることが原因で揉めないよう、他の相続人に周知しておく必要があります。
生命保険金の受取人に指定してもらう
生命保険金の受取人に介護をしている人を指名してもらって財産を多く受け取ることも可能です。保険金は受取人の個人財産としてみなされるため、法定相続人である必要はありません。
ただし、保険金はみなし相続財産として相続税を計算する際に遺産総額に含められます。法定相続人が受け取った場合にのみ非課税金額が設定されているため、注意しましょう。
また、相続財産と比べて保険金の額が大きかった場合、他の相続人が納得しない場合もありトラブルの種になりかねません。「保険金から葬儀費や残りの介護費用を支払って残りを受け取る」など、条件をつけてトラブルを回避しましょう。
通帳・預金管理を透明化しておく
介護をしている人と他の相続人の間におけるトラブルを防ぐために、通帳・預金管理を透明化しておくことも大切です。
介護をしていると予想以上に高額な費用がかかるケースもあります。しかし、他の相続人には費用感がわからないため、介護をしている人が財産を使い込んでいるのではないかと疑念を抱く場合もあります。
そこで、介護費用専用の通帳を作ったり、レシート・領収書を保存したりして、金銭の流れを明確にしておきましょう。具体的な用途がわかれば、介護や生活に必要な金銭のみを引き出していたことに理解を示してもらえるはずです。
実際に揉め事・トラブルに発展してしまった場合の対応方法
介護によって家族間で相続トラブルに発展してしまった場合、弁護士に入ってもらうことをおすすめします。法律の専門家が間に入って第三者目線で話し合いの仲介をしてもらえるため、冷静な話し合いができる可能性が高まります。
弁護士に依頼できる内容は、主に以下の3つです。
- 兄弟姉妹や親子の争いごとの解決
- 相続財産の調査
- 相続手続きのサポート
詳しく確認しましょう。
兄弟姉妹や親子の争いごとの解決
遺産分割において話がまとまらない場合、法律のプロとして弁護士が解決に向けてサポートしてくれます。
相続をする際、遺言書に従って遺産分割をする場合と相続人同士での話し合いで分割内容を決める場合があります。しかし、「遺言書の内容について納得できない」「話し合いがまとまらない」とトラブルに発展するケースは珍しくありません。
相続人同士では話がまとまらない場合、弁護士に立ち会ってもらうことで冷静な話し合いができます。話し合いで解決できない場合は、調停・審判の申し立てをして解決を目指すこととなり、弁護士のサポートがあると心強いでしょう。
相続財産の調査
弁護士には相続財産の調査を依頼できます。遺産分割協議を進めるためには、遺産の全容を正しく把握する必要があります。
以下のような相続財産の有無や正確な価値について、弁護士に調査を依頼しましょう。
- 預貯金
- 不動産
- 有価証券
- 仮想通貨
- 美術品・骨董品
- 貴金属
一方で、ローンや借り入れなどの負債の調査も依頼できます。多くの負債がある場合には相続放棄や限定承認などの手続きを早急に行わなければなりません。そのため、相続財産の調査結果によっては、弁護士によるサポートが必要となります。
このような観点からも、弁護士による相続財産の調査は相続においてとても重要なプロセスです。
相続手続きのサポート
弁護士には、以下のような相続手続きのサポートをしてもらえます。
- 相続放棄
- 限定承認
- 遺留分減殺請求
また、代襲相続や再転相続など複雑な相続が発生した際、自分たちでは手続きが難しい場合もあります。
法律のプロである弁護士に相談することで相続人全員が相続に関する問題点を理解でき、必要な手続きを迅速に済ませることができます。疑問に思うことがあれば弁護士に相談し、早急なトラブル解決や手続きの完了を目指しましょう。
介護による相続トラブルは弁護士に相談しよう
法定相続人の一部の人や法定相続人でない人が介護をしていたとき、遺産分割で不公平に感じる場合があります。一方で、他の相続人は被相続人の財産を使い込んでいたのではないかと不信感を持ってしまう場合もあり、介護をしてきた人とそうでない人とでトラブルに発展しやすいです。
もし、介護による相続トラブルが発生した場合は、弁護士に相談しましょう。法律の専門家である弁護士が間に入ると、冷静な話し合いができる可能性があります。
また、相続でトラブルにならないためにできる対策についてもアドバイスしてもらえるため、今後に備えて相談しておくことも大切です。
相続で揉めてしまうかもしれないと感じたら、早めに弁護士に相談することをおすすめします。