令和6年4月から施行された相続登記義務化により、相続人には相続登記の義務が課せられることになりました。ただし、相続放棄を選択すれば相続登記の必要はなくなり、過料も免れます。本記事では、相続放棄の基本的な仕組みから手続きの流れ、相続登記の義務化との関係性などについて、詳しく解説します。
相続放棄とは?
相続放棄とは、被相続人の一切の権利義務を受け継がないことを選択する法的手続きであり、家庭裁判所に申述することで効力が発生します。
相続放棄を選択すると、プラスの財産・マイナスの財産に関わらず、一切の相続する権利を失います。具体的には、プラスの財産には現金や預貯金、不動産、株式などが含まれ、マイナスの財産には借金や未払い金、保証債務などが含まれます。
そのため、被相続人の債務が資産を上回る場合や、相続トラブルに巻き込まれたくない場合に、相続放棄が有効な解決手段になります。
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限定承認
限定承認とは、相続によって得た財産の限度でのみ相続を承認することです。プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐことから、限定承認は「条件付きの相続」とも呼ばれます。
限定承認は、プラスとマイナスのどちらが多いか判断できない場合などに有効です。また、自宅などの重要な財産を手放さず、借金のみを放棄したい場合などにも限定承認が使われます。
ただし、限定承認は相続人全員で行う必要があり、相続人の中にひとりでも反対する人がいれば利用できないため、手続きの負担が大きいというデメリットがあります。
単純承認
単純承認とは、被相続人の権利義務を包括的に承継することであり、プラスの財産・マイナスの財産のすべてを無制限に相続することです。限定承認との違いは、債務の負担に制限がないことです。単純承認した場合、被相続人の借金が相続財産を上回っていれば、相続人が自分の財産から債務を弁済する義務を負います。
単純承認は相続の原則的な形態であり、相続人が相続開始を知ってから3か月以内に相続放棄・限定承認のいずれも選択しない場合、自動的に単純承認したものとみなされます。これを法定単純承認といいます。
また、相続人が相続財産を売却や贈与、破棄した場合にも、上記と同様に法定単純承認が成立します。
相続放棄すれば相続登記義務化の対象外です
令和6年4月1日の相続登記義務化により、相続を知ってから3年以内に相続登記手続きをしなければ、法律によって10万円以下の過料が課されることになりました。
そして、相続放棄をした相続人の相続分は、ほかの同順位相続人に分配され、同順位の相続人が全員相続放棄をした場合、相続権は次順位の相続人に移ります。
相続放棄するメリット
相続放棄の一般的なメリットは、借金などの債務から解放されることです。被相続人に多額の借金があったとしても、相続放棄をすれば返済義務を負わずに済みます。
また、相続放棄をすると相続登記の義務がなくなります。これは、相続放棄をした者はその相続に関して初めから相続人ではなかったものとみなされるからです。通常、相続登記をするには戸籍謄本の収集や遺産分割協議書の作成などの手間がかかりますが、相続放棄をすればこれらの手続きから解放されます。
そのほか、不動産の管理責任を負わなくなることで、空き家の維持管理や固定資産税の支払い、近隣トラブルへの対応など、不動産に関わる問題を抱えないことも相続放棄のメリットといえます。
相続放棄するデメリット
相続放棄の一般的なデメリットとしては、すべての財産を相続できなくなることです。借金から逃れられる一方で、預貯金や不動産などのプラス財産も一切相続できません。そして、一度相続放棄すると原則として撤回できないため、相続放棄を行うときは慎重な検討を要します。
また、相続登記との関係でいえば、ほかの相続人への影響も重要な考慮要素といえます。なぜなら、自分が相続放棄をすることにより、ほかの相続人が相続登記の義務を果たさなければいけなくなるからです。さらに、同順位の相続人がほかにいなければ、次順位の相続人に相続登記の義務が発生します。
そのため、相続放棄を検討する際は、ほかの相続人への事前連絡と十分な話合いが重要であるといえます。
近年相続放棄が増加傾向にある
近年では相続放棄が増加傾向にあります。実際に、令和5年の司法統計によれば、令和5年の相続放棄件数は28万2,785件と過去最多になっています。相続放棄が増えている要因として、相続登記の義務化が大きく影響していることが考えられます。
相続放棄が増えている主な要因としては、地方を中心とした管理困難な不動産の増加が挙げられます。地方では資産価値の低い土地や空き家が多く、これらを相続しても維持管理費や固定資産税などの負担ばかりがかかり、経済的なメリットがないケースが少なくありません。そのため、多くの相続人がこのような負担を避けるために相続放棄を選択するようになっています。
こうした相続放棄の増加により、誰が土地の所有者なのかわからない「所有者不明土地」が全国的に拡大し、社会問題として深刻化しました。所有者不明土地は公共事業の妨げとなったり、適切な管理がなされずに周辺環境に悪影響を与えたりするなど、様々な問題を引き起こしています。
そして、この所有者不明土地問題を解決するために、令和6年4月から相続登記の義務化が始まったのです。
相続放棄のやり方
相続放棄を行うには、家庭裁判所への申述が必要です。手続きには費用の準備から書類の収集、申述書の提出、照会書への回答まで、複数のステップがあります。
また、相続開始を知ってから3か月以内という期限があるため、計画的に進めることも重要です。
そこで、ここでは相続放棄の具体的な手続きの流れを順番に説明していきます。
費用を用意する
相続放棄を行うには以下の費用が必要です。まずは下記に費用を確認し、事前に準備しておきましょう。
収入印紙代 | 申述人ひとりにつき800円 |
---|---|
郵便切手代 | 400~500円 |
被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本 | 750円 |
被相続人の住民票除票 | 200~300円 |
申述者の戸籍謄本 | 450円 |
以上のように、必要書類の取得には合計3,000~4,000円程度の費用がかかります。
必要書類を準備する
相続放棄の申述には、以下の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
上記のような共通で必要となる書類に加え、申述人と被相続人の関係によってさらに追加の書類が必要です。例えば、相続放棄をするのが子どもや配偶者の場合、 被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本が必要です。また、相続放棄をするのが孫の場合、代襲相続を証明するために被代襲者の死亡の記載のある戸籍謄本が必要です。
詳しい必要書類については、裁判所の公式サイトで確認できます。
参考:相続の放棄の申述│裁判所
家庭裁判所で申述
相続放棄をする際は、相続開始を知ってから3か月以内に被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で申述を行います。
申述書は裁判所の公式サイトからダウンロードするか、各家庭裁判所の窓口で入手できます。窓口では記入方法についての説明も受けられるため、不安な場合は直接訪問するのがよいでしょう。
申述書提出後は家庭裁判所で内容審査が行われ、問題がなければ相続放棄が認められます。
家庭裁判所から届く照会書を返送
申述書を提出すると、1週間程度で家庭裁判所から照会書が送付されます。この照会書は、申述者の意思や法定単純承認事由の有無などを確認するための書類です。
照会書の書式は裁判所によって異なりますが、申述人の基本情報、被相続人が亡くなったことを知った日時、相続放棄の意思確認、相続放棄の理由、遺産の処分有無などについて回答を求められます。
回答内容は相続放棄の有効性判断にも影響するため、正確に記入することが大切です。
相続放棄申述受理書を受け取る
照会書を返送し、手続きに問題がなければ家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が送付され、これをもって相続放棄の手続きが完了します。
なお、通知書自体に法的効力はないため、金融機関などに提出する際は別途相続放棄申述受理証明書の交付を受ける必要があります。相続放棄申述受理証明書は、相続放棄の事実を第三者に公的に証明する書類であり、債権者からの請求への対応、不動産の名義変更、預貯金の払戻しなど、相続に関連する各種手続きの際に使用します。
相続放棄申述受理証明書は家庭裁判所へ申請して発行できるため、必要に応じて取得するとよいでしょう。
兄弟全員が相続放棄したらどうなるの?
相続人にはそれぞれ個別に相続権があるので、兄弟全員が相続放棄する場合もあります。
例えば、被相続に複数の子どもがいる場合、兄弟全員が相続放棄をすると、第一順位の相続人から第二順位の相続人へと相続権が移ります。つまり、この場合は第二順位の相続人である両親・祖父母が、子どもの代わりに相続人になるということです。
そのため、もし相続財産の中に借金がある場合、子どもに代わって被相続人の両親や祖父母が借金を背負うことにもなり得ます。
そのため、兄弟全員での相続放棄を検討する際は、次順位の相続人へ事前に説明を行い、家族全体での十分な話合いをすることが重要です。
兄弟全員が相続放棄した場合について、詳しくは以下の記事も参考にしてください。

相続放棄の注意事項

相続放棄は、一度決めると基本的には取り消しができない重要な決断です。また、手続きには法的な制約や期限があり、知らずに進めると思わぬトラブルに巻き込まれる可能性があります。
相続登記義務化によって相続放棄を検討する人は増えているので、ここでは相続放棄を行う前にかならず知っておくべき重要な注意事項について説明します。
被相続人の生前に相続放棄はできない
相続は被相続人が亡くなることによって開始されるため、相続が発生していない生前の段階での相続放棄は認められません。そのため、被相続人に多額の借金があることを知り、生前に相続放棄の念書や契約書を作成したとしても、法的効力はありません。
これは、被相続人やほかの相続人からの強要により、本人の意思に反する相続放棄が行われることを防ぐためです。
そのため、相続放棄をする際は、被相続人が亡くなった後3か月以内に家庭裁判所での正式な手続きを行う必要があります。
相続放棄は撤回ができない
相続放棄は一度家庭裁判所に受理されると、原則として撤回や取り消しができません。これは相続関係の安定性を保つためであり、容易に撤回を認めるとほかの相続人や債権者の地位が不安定になるからです。
ただし、詐欺や強迫によって相続放棄をさせられた場合や、未成年者が法定代理人の同意なく手続きした場合などは、例外的に取り消しが認められることもあります。
そのため、相続放棄の判断は慎重に行う必要があります。十分な財産調査を行い、本当に債務が資産を上回るのか、将来的に価値が上がる可能性がある財産はないかなど、様々な角度から検討する必要があります。
代襲相続は発生しない
相続放棄をした場合、代襲相続は発生しません。代襲相続とは、本来の相続人に代わってその子どもや孫が代わりに相続人となる制度です。相続放棄をすると初めから相続人とならなかったものとみなされるため、そもそも相続権自体が発生せず、その結果代襲相続も発生しないのです。
同じ順位の相続人がほかにもいる場合、相続放棄をした人の相続分は残りの同順位相続人に分配されます。例えば、配偶者と子ども2人が相続人の場合、子ども1人が相続放棄すると配偶者と残りの子ども1人が相続人となります。
一方、同順位の相続人が全員相続放棄をすると、相続権は次順位の相続人に移ります。
なお、相続放棄のメリットや注意点については、以下の記事でも詳しく解説しているので、さらに知りたい方はこちらも参考にしてください。

相続放棄の相談は専門家に
相続放棄は一度決めると撤回できない重要な手続きであり、期限も3か月と限られています。そのため、手続きミスや判断の誤りを避けるためにも、専門家への相談をおすすめします。
相続放棄の相談先は主に司法書士と弁護士ですが、ケースに応じて適切な専門家を選ぶことが重要です。以下では、それぞれの専門家の特徴や、どういった場合に相談すべきかについて解説します。
争いの可能性がなければ司法書士へ
債務超過が明らかな場合など、相続放棄すべきことが容易に判断できる場合には司法書士への相談が適しています。司法書士は相続放棄の書類作成や手続き代行を専門としているため、相続放棄申述書を適切に作成できます。
また、司法書士は相続登記に関する豊富な知識を持っているため、登記義務化についての疑問にも詳しく答えてくれます。相続登記においても必要書類の収集や申請書の作成など、手間のかかる作業はすべて司法書士に任せられます。
争いの可能性があれば弁護士へ
相続人同士間で意見が分かれていたり、債権者との交渉が必要な場合は、弁護士への相談が必要です。弁護士は法的紛争の対応に長けており、相続放棄後の債権者対応なども代理で行えます。
また、相続放棄と限定承認の判断についても法的な観点から適切なアドバイスができるので、複雑な財産構成がある場合、相続人が多数いる場合などは、弁護士に相談するのがよいでしょう。
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相続放棄や相続登記の手続きは司法書士にお任せ
相続放棄をすれば借金を相続しなくてもよくなるうえに、相続登記の義務からも解放されます。しかし、相続放棄を一度決めると基本的には撤回できず、プラスの財産もすべて失うことになります。また、ほかの相続人に相続登記の義務が移ったり、次順位の相続人に予期しない負担をかける可能性もあります。
さらに、相続放棄の手続きには3か月という期限があり、書類の準備や家庭裁判所での申述など手間のかかる作業も必要です。
相続登記義務化を機に相続放棄を検討する際、少しでも不安な点があれば、司法書士などの専門家に相談して適切に手続きを進めましょう。