生前贈与は、贈与契約書がない場合にも法的に問題なく成立します。しかし、贈与契約書を作成していない場合、あとからトラブルを引き起こす原因になるかもしれません。本記事では、贈与契約書がない生前贈与のリスクと対処法、契約書を作成できない場合の注意点について解説しています。これから生前贈与をする方はもちろん、すでに生前贈与を行っているものの契約書を作成していない方はぜひ対処法を参考にしてください。
契約書がなくても生前贈与は成立する
贈与契約書がなくても、生前贈与は成立します。
なぜなら、贈与契約書を作成しなくても、贈与者と受贈者の合意があれば法的に贈与契約は成立するからです。つまり、口頭やメモで伝えたとしても両者の合意さえあれば生前贈与が成立します。
しかし、契約書を交わさない贈与の場合、一方の意思によって解除することが可能です。ただし、履行が終わった部分に関しての解除はできません。
そのため、金銭や不動産などの目的物を引き渡した時点で、契約書がない生前贈与であっても原則「有効」とされています。


契約書がない生前贈与のリスク
契約書がない生前贈与にはリスクがあることを理解しておく必要があります。契約書がない場合に発生しやすい生前贈与のリスクについて、4つご紹介します。
- 贈与内容について認識のずれが生じる
- 相続人とトラブルに発展する
- 贈与を一方的に取り消される
- 税務調査で生前贈与を否認される
詳しく確認していきましょう。
贈与内容について認識のずれが生じる
生前贈与を口頭やメモで行った場合、受贈者が贈与の条件を誤解し、トラブルに発展する可能性があります。贈与と一口に言っても、贈与の対象物や時期、方法など当事者同士の認識を擦り合わせるべきポイントは少なくありません。
例えば、「祖父から自宅不動産をすぐに贈与してもらえる」と受贈者である孫が思っていたとしても、贈与者である祖父は「自分が老人ホームに入居したら自宅不動産を2人の孫に50%ずつ贈与する」と考えていたといった認識の違いが生まれることもあるでしょう。
このように、口頭だけで贈与契約を交わしてしまうと「言った言わない」と水掛論になり、両者の関係が悪化する可能性があります。
贈与契約書を作成しておけば、贈与の条件について共通認識を持ったうえで贈与契約を交わすことができ、トラブル発生のリスクを軽減することが期待できます。
相続人とトラブルに発展する
契約書がない場合、贈与者の死後に契約内容の証明が非常に難しいため、相続人とのトラブルに発展するリスクが生じます。
例えば、本当に長男が父親から生前贈与を受けたにもかかわらず、次男から「本当に父親が贈与すると言ったのか」と疑念を抱くかもしれません。不動産や預貯金であれば名義変更されていますが、現金や価値の高い骨董品・美術品などは所有者を特定できないからです。
また、生前贈与されたものは特別受益としてみなされる可能性があり、特別受益は相続分の前渡しとして扱われます。受贈者は遺産分割時に相続分を減らされることになりますが、贈与契約書がなければ生前贈与の内容を正しく申告しているかどうかの判断ができません。
「ほかにも贈与を受けたのではないか」と疑われてしまい、相続人同士の関係が悪化する要因になる場合があります。
口頭だけで生前贈与を成立させてしまうと贈与の内容が不明確のため、このようなトラブルを引き起こす可能性を否定できません。
贈与を一方的に取り消される
贈与契約書を交わさずに口約束やメモで内容を決めた場合、贈与を一方的に取り消されるリスクがあります。
贈与契約書がない場合の贈与契約では、贈与者と受贈者のどちらか一方の意思表示によって取り消すことができます。ただし、すでに贈与が行われた部分を撤回することはできません。
例えば、母親が長男に自宅の建物と土地を贈与すると口約束していたケースを想定してみましょう。しかし、名義変更をしないまま親子関係が悪化した場合、母親が一方的に自宅の建物と土地の贈与を取り消すことが可能です。
もちろん、長男が固定資産税を支払いたくないなどの理由によって不動産を受け取らないと贈与契約を取り消すこともできます。
一方、贈与契約書を交わしていれば、一方的な取り消しは原則的に認められません。契約を取り消したい場合は、当事者双方の合意が欠かせません。
このように、贈与契約書を作成しておくことで、一方的な取消しを防ぐ効果が期待できます。
税務調査で生前贈与を否認される
贈与契約書がなければ、相続によって相続税が発生しなかったのかを税務署が調査する税務調査で生前贈与を否認される恐れがあります。
生前贈与は、相続税を抑えるために遺産を減らす目的で使われることがあります。しかし、贈与と認められない場合は「遺産の一部」と判断され、相続税の対象になることがあります。
税務調査の際に、贈与契約書がなければ贈与の内容を証明できません。生前贈与とみなされなければ相続税が発生したり、税額が上がったりする可能性があります。
例えば、生前贈与を受け取るための預金口座を作っていたとしても、名義預金とみなされる恐れがあります。名義預金とは、実際の預金の所有者と名義が異なる預金のことです。名義預金は名義人のものではないため、被相続人の相続財産としてみなされてしまい相続税が課される可能性があります。
また、毎年100万円ずつといった定額の贈与を定期的に行っていると、定期贈与とみなされる可能性も否定できません。定期贈与とは、一定期間、一定の額を贈与することです。例えば、「10年間、毎年100万円を贈与する」と契約すると定期贈与に該当します。
この場合、毎年の贈与額は暦年課税の基礎控除額に収まっているため贈与税は発生しないと考えていても、総額1000万円を贈与する契約があったとみなされ、1000万円に対して贈与税が課税されます。
名義預金や定期贈与としてみなされるリスクを軽減させるためにも、贈与を行うたびに贈与契約書を交わすようにしましょう。贈与の内容を税務署に証明するときに役立てることができます。
生前贈与の契約書がない場合の対処法
ここまでは贈与契約書なしに生前贈与を行うリスクについて解説しました。しかし、なかには贈与契約書を作成せずに生前贈与をしてしまった方もいるでしょう。そこで、生前贈与の契約書がない場合の対処法をご紹介します。
贈与契約書を作成せずに契約を行った場合の対処法は、贈与者が存命であるか死亡しているか、贈与が行われているか行われていないかによって異なります。
4つのパターンごとの適切な対処方法を下記の表にまとめました。
贈与者 | 贈与の状況 | 適切な対処方法 |
---|---|---|
存命 | すでに行われている | 贈与内容の覚書を作成する |
存命 | まだ行われていない | 贈与契約書を作成する |
死亡 | 存命中に贈与を受けた | 贈与があった事実の証拠を生前贈与の証明に残しておく |
死亡 | まだ行われていない | 相続人に対して履行を請求する |
詳しく確認し、当てはまる状況に合わせた対処法を実践しましょう。
贈与者が存命で、贈与も行われている場合
贈与者が存命で、すでに贈与が行われている場合は、贈与内容の覚書を作成しましょう。覚書とは、過去に受け取った財産が贈与であることを示すための書類です。
贈与の覚書のサンプルをご紹介するので、ぜひ参考に作成してください。
贈与の覚書
贈与者相続太郎【贈与者の氏名】(以下、「甲」とする)と受贈者相続花子【受贈者の氏名】(以下、「乙」とする)は、本日、下記の通り合意した。
第一条、甲は、令和○年○月○日に乙の△△銀行□□支店に送金した〇〇〇円は、甲から乙に贈与するものとして送金したものであり、乙はこれを承諾していた。
第二条、甲は、令和○年○月○日に乙の◎◎銀行□□支店に送金した〇〇〇円は、甲から乙に贈与するものとして送金したものであり、乙はこれを承諾していた。
上記の事項をお互いに確認し、これを証明するために本契約書を二通作成し、甲乙各1通を保有するものとする。
令和○年○月○日(覚書作成日)
住所:東京都世田谷区〇〇1-2-3
贈与者(甲)氏名:相続太郎 (印)
住所:東京都世田谷区〇〇4-5-6
受贈者(乙)氏名:相続花子 (印)
覚書に記載する内容のポイントは、どの取引について贈与として両者が合意しているのかを明確にすることです。仮に、これまでに複数の贈与が行われているのであれば、すべての日付や贈与の内容、贈与の方法についてを明記しなければなりません。
贈与者が存命で、贈与はまだ行われていない場合
贈与者が存命で、まだ贈与が行われていない場合は、贈与契約書を作成しましょう。贈与契約書を残していれば、贈与者が亡くなったあとにほかの相続人とトラブルを引き起こす可能性を大幅に軽減することが期待できます。
税務署に対しても贈与があった事実や詳しい贈与内容を証明できるため、安心して対応できます。
贈与契約書のサンプルをご紹介するため、ぜひ参考にして作成してください。
贈与契約書
贈与者相続太郎【贈与者の氏名】(以下、「甲」とする)と受贈者相続花子【受贈者の氏名】(以下、「乙」とする)は、下記の通りに贈与契約を締結した。
第一条、甲は、乙に現金〇〇〇円を贈与することを約し、乙はこれを承諾した。
第二条、甲は、第一条にもとづき、贈与した現金を令和6年12月10日までに、乙が指定した銀行預金口座に振り込むものとする。この振り込みに必要な費用は甲の負担とする。
<銀行預金口座>
銀行名:◎◎銀行
支店名:□□支店
口座種類:普通預金
口座番号:12345
上記の事項をお互いに確認し、これを証明するために本覚書を二通作成し、甲乙各1通を保有するものとする。
令和○年○月○日(締結日)
住所:東京都世田谷区〇〇1-2-3
贈与者(甲)氏名:相続太郎 (印)
住所:東京都世田谷区〇〇4-5-6
受贈者(乙)氏名:相続花子 (印)
また、契約書を作成する前であれば、どちらか一方の意思によって贈与契約を解除できます。そのため、内容を変更して契約しなおすチャンスでもあります。
贈与契約書を作成したあとは当事者双方の合意がなければ契約解除ができなくなるため、慎重に内容を検討しましょう。

贈与者が死亡しており、贈与も行われている場合
贈与契約を交わしたあとに贈与者が死亡し、生前に財産の受け渡しがあった場合、贈与が行われた証拠を残しておきましょう。
贈与契約書がない場合、実際に財産が受け渡されたことで贈与が成立します。つまり、贈与を受けた事実を証明するためには、財産を受け取った証拠が必要です。
具体的には、下記のようなものが贈与の証明として有効です。
- 贈与税の申告書
- 贈与によって金銭を受け取った記録のある通帳
- 贈与者から渡された通帳や定期証書など
上記のような証拠がない場合、税務上贈与の事実が否認されてしまい相続税が発生するリスクがあります。
贈与者が死亡しており、贈与はまだ行われていない場合
贈与契約を交わしたものの、財産の受け渡しが終わっていない状態で贈与者が死亡した場合、受贈者は相続人に対して履行の請求が可能です。
贈与者が亡くなったとしても贈与契約は相続人に引き継がれ、無効にはなりません。そのため、受贈者は相続人に対して贈与契約を被相続人と交わしていたことを説明し、贈与を受けることができます。
しかし、贈与契約書がない場合、相続人側が一方的に契約を取り消すことも可能です。履行の請求をしたからといって必ずしも贈与を受けられるとは限らない点に注意しましょう。
また、贈与契約書がなければ贈与契約の事実を証明する手段がありません。贈与者が贈与する意思があったとわかるメッセージや手紙、手続きに向けての準備などの証拠を集め、相続人に理解してもらう必要があります。
このように、贈与者が死亡しており、贈与が行われていない場合、相続人とのトラブルになる可能性があります。
契約書がない生前贈与の注意点

なにかしらかの理由で生前贈与の契約書を作成しなかった場合や契約書の作成ができない場合には、下記の5つの点に注意しましょう。
- 現金手渡しではなく銀行振り込みを活用する
- 名義預金・定期贈与とみなされないように贈与する
- 契約書は贈与後に作成することも可能だが専門家の確認を推奨
- 贈与契約書は代理人が代筆することもできる
- 生前贈与以外の方法も検討する
詳しく確認し、トラブル回避に役立ててくださいね。
現金手渡しではなく銀行振り込みを活用する
金銭の贈与を行う際は、現金を手渡しするのではなく、記録が残る銀行振込を活用しましょう。贈与契約書を作成している場合であっても、契約書の内容通りの日付・金額で贈与した証拠を残すことができるためです。
しっかりと贈与の内容を記録に残しておくことで、税務署や相続人へ贈与の証拠を示すことができます。トラブル回避につながるため、ぜひ記録が残る形で贈与を実行しましょう。

名義預金・定期贈与とみなされないように贈与する
名義預金・定期贈与とみなされないように贈与を行いましょう。名義預金と定期贈与は、税務調査で生前贈与が否認される代表的な要因です。
まず、名義預金とは、受贈者名義の銀行口座にお金を振り込んだ贈与金が、実質的には贈与者の所有物であるとみなされることです。そのため、名義預金は被相続人の財産として相続税が算出されます。
名義預金とみなされないようにするには贈与契約書を作成することはもちろん、口座の管理を受贈者が行うようにしましょう。
一方、定期贈与とは、一定の金額の贈与をすることを受贈者と贈与者があらかじめ合意のうえで定期的な贈与をしていたとみなされることです。定期贈与とみなされると、定期贈与された総額に対して合意時点に贈与税が課税されます。
定期贈与とみなされないようにするには、贈与を行うたびに贈与契約書を作成しましょう。また、決まった時期・決まった金額を贈与しないように工夫することも有効な対策です。
契約書は贈与後に作成することも可能だが専門家の確認を推奨
贈与者が存命で贈与も行われている場合の対処法として覚書の作成が望ましいものの、過去の日付で贈与契約書を作成することも可能です。
過去の日付で贈与契約書を作成すること自体は、違法ではありません。しかし、内容によっては重加算税のリスクがあるため、専門家に相談することをおすすめします。
例えば、実際に行った贈与の内容と異なる契約書を作成すると重加算税が課税される、贈与者の許可なく勝手に作成すると有印私文書偽造罪に問われるといったリスクがあります。
また、贈与税の時効が成立しているように見せかけようと脱税目的で日付を遡って贈与契約書を作成することも違法行為です。
第三者から見ると分からないだろうと安易に日付を偽装する人もいるかもしれませんが、印紙や印刷・保存状況などから税務署は嘘を見抜きます。悪質な脱税とみなされると逮捕される可能性も否定できません。
そのため、贈与者が存命で財産の受け渡しが終わっている場合、覚書を作成することをおすすめします。どうしても過去の日付で贈与契約書を作成したい場合は、かならず専門家に相談するようにしましょう。
贈与契約書は代理人が代筆することもできる
年齢や身体的な理由などによって当事者が契約書に署名できない場合、代理人が代筆することも可能です。
例えば、受贈者が未成年の場合、その親が代理人として代筆することが認められています。成人の場合には、自由に代理人を決めることができます。
ただし、贈与者が契約時に認知症を発症している場合、正常な判断能力がないとみなされて契約が無効になる場合があります。また、代理人が代筆した契約書を見た相続人から、本当に本人の意思によって契約が交わされたのか疑念を持たれる可能性があるでしょう。
このようなトラブルを避けるためには、贈与者には実印を押してもらって契約書と一緒に印鑑証明も保管しておくことをおすすめします。
さらに、年齢が高齢な場合は、認知症が発症していないと分かる医師の診断書や贈与について話している動画や音声を記録しておくと信ぴょう性が高まります。
生前贈与以外の方法も検討する
なにかしらの理由によって贈与契約書の作成が難しいのであれば、ほかの生前対策を検討することも1つの手段です。
生前贈与をするには贈与者と受贈者の同意が必要ですが、遺言であれば遺言者の一方的な意思表示で成立します。また、認知症対策として任意後見制度や家族信託を活用する選択肢もあります。
目的や資産状況、家族関係などによって、最適な生前対策は異なります。そのため、一度生前対策や相続に詳しい専門家に相談してみましょう。生前贈与以外も含めた最適な選択肢を提案してくれますよ。
贈与契約書がない場合はトラブル発展の恐れがある
贈与契約書がない場合であっても、法的に問題なく生前贈与は成立します。しかし、相続人から贈与内容について疑念を持たれたり、贈与を一方的に取り消されたりするなど、トラブルに発展する可能性は否定できません。
贈与者が存命であれば契約書や覚書の作成によって対処ができますが、贈与者の死後はできる対策が限られます。できるだけ早く相続や生前対策に詳しい専門家に相談することをおすすめします。
相続プラスでは、生前贈与や相続に詳しい弁護士や司法書士などの専門家を気軽に検索することが可能です。悩み別・エリア別で簡単に検索できるため、きっと不安を解消してくれる専門家に出会えます。
ぜひ、相続プラスを活用して生前贈与や相続に関する不安を解消しましょう。