相続が発生したときに、相続人が障害者である場合に相続税額から一定の控除が受けられる制度を障害者控除と呼びます。しかし、控除が適用されるには細かな要件を満たさなければなりません。本記事では、障害者控除における適用の要件や控除額の計算方法、注意点について詳しく解説します。相続人のなかに障害者がいる場合は、ぜひ参考にしてください。
相続税の障害者控除とは
相続税における障害者控除とは、85歳未満の障害者が相続・遺贈によって遺産を取得したときに適用される税額控除制度です。
被相続人が亡くなったあと、障害者の生活にかかる負担を少しでも軽減する目的で制度が設けられています。ここでは、下記のポイントごとに詳しく確認し、相続税の障害者控除についての理解を深めましょう。
- 障害者控除の制度の概要
- 障害者控除の要件
順番に解説します。
制度の概要
障害者が相続・遺贈によって遺産を引き継いだとき、その人の相続税の金額から一定額を控除できる制度を障害者控除と呼びます。
多くの障害者は両親や親族などの扶養となっています。そのため、扶養者が亡くなるとその方の遺産を使って生活することとなるケースが少なくありません。
しかし、扶養していた家族が亡くなったことで障害者に多くの相続税が発生すると、遺産のなかから支払う必要があります。また、残された遺産が減ってしまって障害者本人の生活が立ち行かなくなる場合もあるでしょう。
そこで、障害者が遺産を引き継いだときに発生する相続税の負担を軽くし、被相続人が亡くなったあとも生活が維持できるようにという目的のために障害者控除の制度が設けられています。
障害者控除は税額控除のため、大きな税負担の軽減につながります。課税対象となる遺産金額を減額する基礎控除や小規模宅地等の特例などと比較すると、減税効果を実感しやすいでしょう。
障害者控除の要件
障害者控除を受けるには、下記の要件をすべて満たす必要があります。
- 法定相続人であること
- 亡くなった方の財産を相続・遺贈によって取得すること
- 財産取得時に85歳未満の障害者であること
- 財産取得時に日本国内に住所があること
それぞれの要件について、詳しく確認しましょう。
法定相続人であること
法定相続人とは、民法で定められた相続人を指します。被相続人の配偶者は必ず法定相続人となり、子どもがいれば子どもが、子どもがいなければ両親、両親もいなければ兄弟姉妹が法定相続人となります。
たとえば、被相続人が遺言書に「お世話になった共同経営者である友人に遺産を残す」と記したとしても、友人は法定相続人ではないため障害者控除を受けられません。
また、もともと相続人だった障害者が相続放棄をした場合、民法上の相続人には該当しなくなりますが、障害者控除の適用は可能です。たとえば相続放棄をした障害者が生命保険の受取人であれば、障害者控除は適用できます。
亡くなった方の財産を相続・遺贈によって取得すること
法定相続人が障害者であっても、被相続人の財産を一切取得しなかった場合は障害者控除を受けられません。
ちなみに、相続人である障害者本人の相続税から控除できない分は、扶養義務者である相続人の相続税額から控除ができます。たとえば、息子が障害者だったときに父が亡くなり、息子の相続税額から全額控除できなかった分は、母の相続税額から控除が可能です。
このとき、障害者本人である息子が相続財産を取得していなければ、この控除も受けられません。
財産取得時に85歳未満の障害者であること
財産を取得した際に、85歳未満の障害者であることが要件の1つです。
ここでいう障害者には、一般障害者と特別障害者が含まれています。それぞれに当てはまる方は、下記のような方です。
<一般障害者>
- 児童相談所・知的障害者更正相談所・精神福建福祉センターなどの判定により知的障害者と判定された人(重度の知的障害者以外)
- 精神障害者保健福祉手帳が交付され、障害等級が2級または3級と記載されている人
- 身体障害者手帳に障害の程度が3級から6級と記載されている人など
<特別障害者>
- 児童相談所・知的障害者更正相談所・精神福建福祉センターなどの判定により知的障害者と判定され、かつ重度の知的障害者と判定された人
- 精神障害者保健福祉手帳が交付され、障害等級が1級と記載されている人
- 身体障害者手帳に障害の程度が1級または2級と記載されている人など
それぞれ、他にも要件があります。詳しくは、国税庁ホームページから確認しましょう。
ほかにも、相続開始時に障害者手帳の交付申請中である場合や成年被後見人の場合にも、この要件に当てはまるとみなされます。
財産取得時に日本国内に住所があること
被相続人の財産を取得したときに、日本国内に住所があることも要件に含まれます。
ただし、相続開始時に日本国内に住所があったとしても、下記のいずれにも当てはまると障害者控除の対象外となります。
- 相続人が一時居住者である
- 被相続人が外国被相続人、または非居住被相続人である
遺産を取得した相続人が一時居住者の場合は注意しましょう。
相続税の障害者控除の計算方法
相続税の障害者控除の額は、一般障害者か特別障害者かによって計算方法が異なります。
計算式と計算例を確認しましょう。
計算式
障害者控除の額を導き出す計算式は、一般障害者と特別障害者で異なります。
<一般障害者>
- 控除額=10万円×(85歳−相続開始日の障害者の年齢)
<特別障害者>
- 控除額=20万円×(85歳−相続開始日の障害者の年齢)
上記のように、年齢によって控除額が異なります。年齢は相続開始日の年齢です。85歳から相続開始日の年齢を差し引いた年数に、1年未満の期間がある場合は切り上げます。
また、特別障害者の方が一般障害者より控除額が大きくなります。特別障害者のほうが障害の程度が重いため、生活にかかる負担をより軽減するための措置であると考えられるでしょう。
計算例
相続税の障害者控除の額を導き出す計算の例を見てみましょう。
相続開始日の障害者の年齢には、年齢だけでなく月齢もふくめます。相続開始日の年齢が32歳3か月の一般障害者が受けられる障害者控除の額は、下記のように計算します。
障害者控除の額=10万円×(85歳−32歳3か月)
このとき、月年齢は切り上げます。つまり、85歳から32歳3か月を差し引くと52歳9か月です。この9か月を切り上げて、下記のように53年で計算します。
障害者控除の額=10万円×53年=530万円
相続税を計算するには、障害者控除を受ける本人に課された相続税額から上記で導き出した障害者控除の額である530万円を差し引きます。
もし、障害者控除を受ける本人に課された相続税額が600万円だった場合、600万円から530万円を差し引いた70万円が相続税額です。
一方、相続税額よりも障害者控除の額が多い場合もあるでしょう。控除し切れない金額がある場合、同一の被相続人から相続・遺贈によって財産を取得した扶養義務者の相続税から控除することが可能です。これを扶養義務者への適用といいます。
たとえば、母と障害者である息子が相続したと仮定しましょう。このとき相続税額は、母が600万円、息子が300万円、障害者控除額が500万円だったとします。このとき、息子の相続税額300万円から障害者控除額を差し引くと200万円余ります。
この余った200万円は、母の相続税額600万円から差し引くことができ、母の相続税額は400万円です。このように、障害者控除は障害者本人で控除しきれなかった分を、扶養義務者であるほかの相続人に課せられた相続税の控除に充てることができます。
2回目の控除適用時
障害者控除は何度でも利用できますが、2回目以降の適用時には控除額が少なくなると覚えておきましょう。
過去に障害者控除を受けたことのある場合、以下の金額のうち少ないほうが控除額として認められます。
- (85歳−2回目の相続開始時の障害者の年齢)×10万円(特別障害者の場合は20万円)
- (85歳−1回目の相続開始時の障害者の年齢)×10万円(特別障害者の場合は20万円)−1回目の控除額
このように、同じ年齢で相続が発生した場合であっても、1回目と2回目以降では受けられる控除の額が異なります。もし、1回目で控除額を使い切った場合、2回目の控除を使うことができなくなる点に注意しましょう。
障害者控除の申告に必要な書類
障害者控除の適用を受けるためには、相続税申告書と一緒に下記の必要書類を提出しなければなりません。
- 未成年者控除額・障害者控除額の計算書
- 要件を満たしていることを証明する書類
詳しく確認しましょう。
未成年者控除額・障害者控除額の計算書
障害者控除の適用のために、未成年者控除額・障害者控除額の計算書を作成・提出しなければなりません。
用紙は国税庁のホームページや最寄りの税務署で取得できます。
未成年者控除と同じ用紙となっており、障害者控除のみを適用させる場合は下半分の「2障害者控除」の欄を埋めるだけで問題ありません。
要件を満たしていることを証明する書類
要件を満たしていることを証明する書類の例は、下記の通りです。
- 障害者手帳の写し
- 医師の診断書など
障害の程度を示すための書類が必要となるため、準備しましょう。
相続税の障害者控除についてよくある質問
最後に、相続税の障害者控除に関するよくある質問についてQ&A形式でお答えします。
よくある質問は、下記の通りです。
- 控除適用後、相続税が0円なら申告不要?
- 要介護認定の場合は控除対象になる?
- 療育手帳を交付されていた場合は控除対象になる?
- 手帳の申請中に相続が発生した場合は?
- 期限後の申告や修正申告の場合でも適用できる?
順番に確認し、疑問を解消しましょう。
控除適用後、相続税が0円なら申告不要?
障害者控除を適用させたことで納める相続税額が0円になった場合、相続税の申告は不要です。
しかし、控除額を明確にしておかなければ、2回目以降の相続における障害者控除の計算が複雑になります。申告は不要であっても、遺産を取得した場合には控除額を算出した過程や控除額がわかるように記録を残しておくことをおすすめします。
要介護認定の場合は控除対象になる?
要介護認定だけでは障害者に該当しないため、障害者控除適用の対象外です。
しかし、要介護認定を受けたうえで身体障害や知的障害の判定を受けているのであれば、障害者控除の適用を受けられます。
この場合、市町村長などに対して障害者控除対象者認定書を申請し、認定を受けておかなければ障害者控除が適用されないため注意しましょう。
療育手帳を交付されていた場合は控除対象になる?
相続発生時に療育手帳を交付されていた場合も、障害者控除適用の対象です。
療育手帳とは、児童相談所や知的障害者更生相談所から知的障害があると認められた人に対して交付される手帳です。つまり障害者であり、他の要件もすべて満たしていれば障害者控除の適用が認められます。
障害者手帳の申請中に相続が発生した場合は?
障害者手帳の申請中に相続が発生し、障害者手帳を持っていない人であっても、下記の要件のいずれにも該当する場合には障害者控除の適用を受けられます。
- 手帳の交付を申請中であること、またはこれらの手帳の交付を受けるために医師から診断書をもらっていること
- その年の12月31日その他障害者であるかどうかを判定すべき時点において、明らかに手帳に障害についての記載がされ、またはその交付が受けられる程度の障害があると認められていること
つまり、障害者控除の要件にある「障害者であること」は障害者手帳があるかどうかではなく、あくまでも障害の程度が要件に当てはまっていることを証明できれば控除の適用を受けられます。
相続税申告期限後の申告や修正申告でも適用できる?
相続税申告期限後の申告や修正申告、更正の請求のいずれにおいても障害者控除の適用ができます。
- 修正申告:実際の税額よりも少なく申告していたときなどに行う手続き
- 期限後申告:申告期限を過ぎたあとに行う申告
- 更正の請求:実際の税額よりも多く申告していたときなどに行う手続き
通常の相続税申告時と同様に、未成年者控除額・障害者控除額の計算書と要件を満たしていることを証明する書類の提出が必要です。
障害者控除を適用させて相続税の負担を軽減しよう
障害者本人が相続人だった場合に遺産を取得した場合、障害者控除を利用すると相続税から一定の控除が受けられます。扶養者であった被相続人が亡くなったあとの生活が立ち行かなくなることを防ぐために設けられた制度です。
控除し切れない分は、扶養者であるほかの相続人に課せられた相続税から控除できるため、相続人らにかかる税負担が大きく軽減されます。
しかし、障害者控除の要件や計算方法は複雑なため、通常の相続税申告と比べると難しいと感じられる方もいるでしょう。正しく障害者控除を活用するには、相続に強い税理士の力を借りることをおすすめします。
障害者控除以外の控除制度や特例の相談にものってくれるため、大幅に節税できる可能性があります。まずは遺産を取得することを想定して障害者控除の適用が受けられるかどうかを判断してもらい、相続税申告に関する悩みを解消しましょう。