遺言書をみて偽造の疑いがある場合、どのように対応すべきか悩みますよね。本記事では、遺言書の偽造を疑うポイントや偽造を公に認めるための手順、偽造を立証するための方法について解説します。偽造した人に対するペナルティや偽造を防ぐ方法もご紹介しているため、参考にしてください。遺言書に偽造の疑いがあって不安を抱えている方のお役に立てれば幸いです。
目次
遺言書の偽造とは
遺言書の偽造とは、遺言者本人以外の第三者が遺言者の名前で遺言書を作成することです。考えられる遺言書偽造の目的は、下記のような例が挙げられます。
- 自分が多くの遺産を取得したい
- 他の相続人に不利益が被るよう仕向けたい
- 認知してもらいたい子どもを遺言認知させたい
どのような目的であったとしても、遺言者本人の意思ではありません。
遺言書の偽造は、主に遺言者本人が自筆で作成しなければならない自筆証書遺言で偽造されます。なぜなら、公正証書遺言では本人と証人2名以上が公証役場に出向かなければならず、偽造のハードルが高いからです。
一方、自筆証書遺言は、本文・日付・署名が本人の自筆で作成し、その他のフォーマット要件を満たしていれば、立会人や公的機関が内容を確認する必要がありません。そのため、偽造される可能性も高くなってしまいます。
代筆で作成された自筆証書遺言は、無効です。本人の同意があった場合でも、第三者によって書かれた遺言書は効力を持ちません。
当然、偽造された遺言内容は遺言者本人の意思ではないため、相続人たちは遺言内容を無視して遺産分割を行えます。しかし、本人が書いた遺言書なのか、偽造された遺言書なのかの判断は非常に難しく、最終的には裁判所に判断を委ねることとなります。
遺言書偽造の可能性を疑うポイント
自筆証書遺言の場合、本当に遺言者本人が作成したものなのか判断する必要があります。
遺言書偽造の可能性を疑うポイントについて、下記の順番に詳しく解説します。
- 筆跡
- 印鑑
- 作成年月日
- 内容
- 発見状況・預かった状況
順番に確認し、疑わしい箇所がないか確認しましょう。
筆跡
まずは、筆跡や印鑑をよく確認しましょう。確認すべきポイントは、下記の通りです。
- 本文や署名の筆跡が遺言者本人のものか
- 訂正箇所など一部が異なる筆跡になっていないか
晩年の遺言者本人が書いた日記や申請書類などと比べ、筆跡に違和感がないか見てみましょう。特に、書き慣れている名前や数字に違いがあるなら、第三者が書いた可能性があります。
また、遺言者本人が書いた本文に訂正を行っている場合も要注意です。筆跡はもちろん、インクの色合いや濃淡に違いがあれば、第三者が本人の筆跡に似せて書き加えた疑いがあります。
印鑑
捺印に使われている印鑑は、偽造を見抜くポイントの1つです。普段使用していない印鑑や自宅に保管されていない印鑑が使われていれば、疑うポイントとなります。
なぜなら、遺言者本人が作成したものであれば、遺言者が作成した環境下に印鑑があるはずだからです。疑わしい場合は、自宅や病院などに一致する印鑑がないか確認しましょう。
作成年月日
遺言書の作成年月日にも注目しましょう。たとえば、下記のように遺言書の作成が難しい時期の日付になっているのであれば、遺言者本人の意思ではない可能性が高いからです。
- 認知症になったあとの日付
- 寝たきりになったあとの日付
このように、自筆能力や判断能力がない時期に作成された場合、第三者の意思で作成された可能性があります。
実際に遺言者本人が自筆で作成したとしても、その遺言内容は遺言者の意思によって作成されたものとは言えないため、遺言書は無効となります。
内容
遺言内容については、生前の遺言者の発言から納得のいく内容かどうかを確認してください。たとえば、下記のような内容が記載されていた場合、偽造を疑いましょう。
- 合理性のない遺産分割内容になっている
- 特定の相続人にとって明らかに有利・不利な内容になっている
- 言葉遣いに違和感がある
上記に当てはまる場合、遺言者本人が自筆で作成したとしても、第三者から脅迫を受けて内容を記載した可能性があります。この場合、遺言者の意思によって作成されたものとは言えないため、遺言書は無効となります。
発見状況・預かった状況
遺言書が発見された状況や預かった状況に違和感がないかも、偽造を疑うポイントです。たとえば、下記のような内容が記載されていた場合、偽造を疑いましょう。
- 疎遠な親族が「発見した」「預かっていた」と連絡してきた
- 検認後、いきなり新しい日付のものが見つかった
- 遺言者本人から想像できない場所から発見された
どのように見つけたのか、どのような経緯で預かることになったのかなどを詳しく確認し、違和感や不信な点がないか確認してください。「発見した」や「預かっていた」と主張した人が遺言書を偽造した可能性が考えられます。
遺言書偽造が疑われる場合の対処法・流れ
遺言書偽造が疑われる場合、遺言書が有効か無効かを裁判所に判断してもらう必要があります。手続きの流れは、下記の通りです。
- 遺言書の検認
- 偽造を立証する証拠収集
- 遺言書無効の調停
- 遺言の無効確認請求訴訟を提起
- 無効となれば遺産分割協議
5つのステップごとに、しなければならない作業や手続きについて確認しましょう。
遺言書の検認
遺言書が見つかったら、まずは家庭裁判所で検認を行いましょう。遺言書を自宅や貸金庫などで見つけた場合、開封せずにすみやかに検認を受けなければならないと民法第1004条にて定められています。
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。※引用:民法|第1004条(遺言書の検認)
遺言内容を知るには、家庭裁判所における検認が必須です。必要書類を集めて家庭裁判所にて検認の申し立てをしましょう。
申し立てから数週間〜1か月程度で検認期日が設定されるため、相続人が立ち会って検認を行います。このとき相続人は初めて遺言の内容を知ることとなります。
検認後、遺言書原本と検認済証明書を受け取り、筆跡や印鑑、作成年月日などを確認しましょう。
「遺言書の検認」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
偽造を立証する証拠収集
遺言書に偽造の疑いがある場合、偽造を立証するために証拠を集めていきます。裁判所に対して遺言無効の確認を求めても、証拠がなければ偽造であると判断されることはありません。
証拠として、下記のようなものを収集しましょう。
- 筆跡鑑定の結果
- 自筆能力や意思能力がなかったことを証明する書類(介護日誌や診察カルテなど)
また、遺言書の発見状況や預かった状況に違和感がある場合は、状況を細かく記録しておきましょう。発見した人や預かったと主張する人の発言に矛盾がないかを確認するために役立ちます。
遺言書無効の調停
証拠収集ができたら、家庭裁判所に遺言書無効の調停の申し立てを行います。
調停とは、調停委員が両者の意見・主張を聞いて、当事者らが合意に至るように紛争解決を目指す制度です。調停委員が間に入った話し合いを通じて和解に向けた提案をしてくれます。
いきなり訴訟することも可能ですが、両者の関係の亀裂が大きくなる恐れがあります。まずは調停委員を介した話し合いを行って調停での解決を目指しましょう。
遺言の無効確認請求訴訟を提起
調停で和解に至らなかった場合、調停不成立となったあとに裁判所へ訴訟の申し立てを行います。調停と訴訟は異なる手続きとなるため、調停が不成立になっても自動的に訴訟へ移行しません。
実務的な手続きは複雑なため、弁護士に代理で行ってもらうことをおすすめします。
無効となれば遺産分割協議
裁判所によって遺言書が無効であると認められた場合、遺産分割協議を行います。
遺言書がなかった場合の相続と同様に、相続人が全員参加した遺産分割協議を行わなければなりません。合意した内容で遺産分割協議書を作成し、それぞれの相続手続きを行っていきます。
なお、遺言書を偽造した人は相続人から排除されます。
遺言書偽造を立証する方法
遺言書偽造を立証するには、遺言書が本人の筆跡でないことや本人の意思でなかったことを証明しなければなりません。
下記のような証拠を取り揃え、遺言書偽造を立証しましょう。
- 筆跡鑑定
- 自筆能力や判断能力が無かったことの証明
- 発見状況・作成日・遺言内容など不自然な点の証明
詳しく解説します。
筆跡鑑定
筆跡鑑定を受けて、遺言者本人の自筆でないことが証明されれば自筆証書遺言が無効となる1つの判断材料となります。生前、遺言者が書いた日記や書類などと筆跡を比較して、筆跡が異なれば遺言書は偽装された可能性が高いと判断されるからです。
ただし、若い頃の筆跡と晩年の筆跡が大きく変わっていたり、年齢や病気によって手が震えて筆跡が異なったりすることはよくあることです。そのため、筆跡鑑定で「同一人物の筆跡でない」という判定が出たからといって、必ずしも自筆証書遺言が偽造されたとは言い切れません。
一方、遺言書を偽造した疑いのある第三者がいる場合は、その人の筆跡鑑定をすることも手段の1つです。
自筆能力や判断能力が無かったことの証明
遺言書の作成年月日に何らかの理由で遺言者本人に自筆能力や判断能力がなかったことが証明できれば、第三者が書いた遺言書や第三者に書かされた遺言書である可能性が高いと考えられます。
本来、認知症や病気で遺言書を自分で書ける状態でなかったにもかかわらず、きれいな文字で筋道の立った遺言内容を残せるはずがありません。
自筆能力や判断能力がなかったと証明するには、下記のような書類を取得しましょう。
- 介護日誌
- 医師による診断書
- 診察カルテ
- 認知機能テスト「長谷川式認知症スケール」の結果
万が一、偽造がなかったとしても、長谷川式認知症スケールの点数が10点以下のような10度の認知症を患っていたと判明すれば、意思能力がなかったとして遺言書の無効を主張できます。
発見状況・作成日・遺言内容など不自然な点の証明
発見状況や日時など、不自然な点から偽造の可能性を高めていきましょう。たとえば、下記のようなものがあれば、遺言書が不自然・不合理だとして無効の判断に傾くでしょう。
<遺言書を見つけた相続人と遺言者が疎遠だったことを証明する場合>
- 遺言者と病院や介護施設などで面会した記録
- 遺言者の電話やメッセージの記録
<不自然な場所・タイミングで発見されたと証明する場合>
- 同居家族が確認したときには遺言書が見つからなかった場所から、後日見つかったと言って親族が遺言書を持ってきたという記録(同居家族が確認した日時と親族が見つけたという日時の相違)
- 遺言書検認の直後に発見されたという記録(メッセージなど)
<不自然な日に作成されていたと証明する場合>
- 介護施設にショートステイしていたことがわかる記録
- 入院中だったことがわかる記録
<不自然な遺言内容であると証明する場合>
- 遺言者からのメッセージや手紙、日記など遺言内容と異なる思いが書かれたもの
決定的な証拠ではなくとも、不自然だと感じる証拠品が複数あれば遺言書は無効だという判断に至る可能性を高められます。
証明することは難しいものの、記憶をたどって遺言者の発言や行動を書き起こしておくとよいでしょう。また、遺言書を偽造した疑いのある第三者がいる場合は、第三者の発言についても記録しておくと、主張に変化がないか確認する際に役立ちます。
遺言書を偽造した場合のペナルティー
遺言書の偽造が認められた場合、偽造した人にはペナルティが課されます。
民法891条5号には、下記のように定められています。
次に掲げる者は、相続人となることができない。
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者※引用:民法|891条(相続人の欠格事由)
つまり、被相続人の遺産を相続することができません。
ただし、欠格事由に該当する人が被相続人の子どもまたは兄弟姉妹だったとき、その人の子どもには代襲相続が認められます。
たとえば、被相続人が祖父で、その長男が遺言書を偽造したとき、長男は相続人ではなくなります。しかし、長男に子ども(被相続人からみた孫)がいた場合、その子には祖父の遺産を引き継ぐことが可能です。
また、遺言書を偽造すると、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)および同行使罪(161条1項)の罪名で刑事罰に問われます。構成要件に該当すると、3月以上5年以下の懲役が下されます。
遺言書の偽造を防ぐために
遺言書の偽造を防ぐためにできる対策は、2つあります。
- 公正証書遺言で作成する
- 自筆証書遺言書保管制度を活用する
少しでも偽造のリスクをなくし、自分の意思が正しく家族や親族に伝わるよう対策することをおすすめします。順番に確認しましょう。
公正証書遺言で作成する
公証人や証人2名以上の立ち会いのもと、公証役場で作成する公正証書遺言を残しましょう。遺言者本人による遺言であることを証明してもらえるため、偽造を疑われることがありません。
また、原本は構成役場で保管されるため、第三者による改ざんや破棄の心配も不要です。そのため、相続人らは偽造の心配をせず、遺言者本人の意思であると受け取ることができます。
ただし、公正証書遺言であれば確実に効力を持つとも言い切れません。たとえば、遺言作成時に重度の認知症だった場合、意思能力がなかったとして遺言書が無効となった判例もあります。
そうはいっても、自筆証書遺言と比べると、公証人が遺言内容を確認しながら遺言書を作成する公正証書遺言が無効になる可能性は低いことは確かです。
自筆証書遺言書保管制度を活用する
どうしても自筆証書遺言を作成したいという場合は、自筆証書遺言書保管制度の活用を検討しましょう。自筆証書遺言書保管制度とは、令和2年7月10日より開始された自筆証書遺言を法務局で保管する制度です。
法務局で保管すれば、偽造や紛失のリスクが低くなります。さらに、相続人による遺言書の検認も不要です。
また、自筆証書遺言を作成する際、公正証書遺言のように遺言内容を相談する場がありません。弁護士などの専門家に遺言内容や保管場所について相談することをおすすめします。
偽造・破棄・変造の違い
「遺言書の偽造・破棄・変造」とまとめて使われることの多い文言ですが、それぞれどのような行為なのか違いが分からない方もいるかもしれません。
ここでは簡単に、偽造・破棄・変造の3つの違いについて解説します。
偽造
偽造のもともとの意味は、本物をまねて偽物を作成する行為です。本来作成する権限を持たない人が、あたかも遺言者が書いたように遺言書を作成することは「遺言書の偽造」に該当します。
破棄
破棄とは、紙に書かれたものを破って捨てることです。遺言書を燃やす、切り刻んで捨てる、隠すなどをして遺言書の効用を損なわせる行為は「遺言書の破棄」に該当します。
変造
変造とは、すでに存在している文書を改ざんして、異なる内容に変更する行為です。遺言者本人が作成した遺言書に書き換えや修正を加えることは「遺言書の変造」に該当します。
遺言書偽造の可能性に気づいたら早めに専門家に相談しよう
検認した遺言書を見て、偽造の可能性があると思ったのなら早めに行動することをおすすめします。本文の筆跡や使われている印鑑、作成年月日など不自然に思うことがあれば、書き出してみましょう。
しかし、遺言書を偽造したかどうか他の親族や知人に直接確認したところで、本人が認めるケースはほとんどないといえます。公に遺言書偽造を認めてもらうには、裁判所に判断してもらうしか方法はありません。
ただし、弁護士などの専門家を介して話し合いと証拠品の提示をすれば、裁判所で争わなくても解決できる場合があります。早めに専門家に相談し、違和感のある点を伝えることをおすすめします。
遺言書が有効か無効かによって、遺産分割の内容は大きく変化します。相続手続きをスムーズに行うためにも、専門家の力を借りて早期解決を目指しましょう。