家族信託を検討するなかで、自分自身には必要ないのかもしれないと感じていませんか。認知症対策や相続対策などの目的で活用される家族信託ですが、すべての方にとって最適な手段とは限りません。本記事では家族信託が必要ないケースや家族信託のデメリット、注意点について解説します。ご自身にとって必要かどうかを検討するための材料として、活用してください。
目次
家族信託とは
家族信託とは、信用できる家族に財産の管理や運用、処分を委ねる民事信託の1つです。
老後の生活や治療、介護などの目的に合わせて、預貯金や不動産の資産を家族に任せることができます。万が一、認知症などによって自分で判断できなくなった場合にも、家族信託をしていれば口座が凍結する心配はありません。
また、家族信託は、遺言と同等の機能・効力を持たすことができます。信託契約の内容に「委託者が死亡したときに、財産や財産から発生した利益の承継者を指定することが可能です。
家族信託は誰でも使える制度です。老後が心配で、資産の管理・運用・処分を家族に任せたい場合や、確実に財産を譲り渡したい家族がいる場合に活用されています。
「家族信託」について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
家族信託のデメリットやできないこと
財産管理を検討するにあたって、家族信託のデメリットや家族信託でできないことを知っておきましょう。家族信託のデメリットやできないことは、下記の通りです。
- 費用がかかる
- 契約締結までの手間がかかる
- 受託者の義務や無限責任など負担が大きい
- 詳しい専門家や裁判例など情報がまだ少ない
- 受託者によってはトラブルの元になる
- 遺留分侵害額請求の対象になる可能性がある
- 身上保護などは出来ない
7つのデメリットについて詳しく確認しましょう。
費用がかかる
家族信託の契約を行うには、専門家への報酬や不動産登記手続きなどに一定の費用がかかります。
家族信託を素人が行うことは難しいどころか、法律の専門家である弁護士や司法書士、行政書士でも家族信託を専門としている方でなければ家族信託の契約は難しいといわれています。
また、家族関係や資産状況によって家族信託の契約内容は異なるため、フォーマットがあるわけではありません。契約後も、継続的なサポートを受ける必要があるケースもあり、見積もり作成や繰り返し打ち合わせを行うためにも費用が発生する場合もあります。
さらに家族信託の契約に不動産が含まれる場合には、所有権を変更するための登記手続きのために一定の費用がかかります。手続きにかかる費用は所有する不動産によって大きく異なるため、個別で費用を計算してもらいましょう。
契約締結までの手間がかかる
家族信託の契約締結をするには、下記のような多くの手続きを行わなければなりません。
- 専門家と契約内容についての打ち合わせをする
- 信託契約を作成する
- 信託契約を公正証書にする
- 信託する財産を受託者(家族)の名義に変更する
- 資金を信託するための金融口座を開設する
また、契約締結後も、受託者から受益者(資産を預ける人)に1年に1度以上のペースで委託されている資産の状況を報告しなければなりません。
さらに、年間で信託財産から得られる収益が3万円以上ある場合は、税務署に対して信託計算書等の書類を提出する義務が発生します。
受託者の義務や無限責任など負担が大きい
受託者には管理責任が発生し、それに伴って義務も発生します。
たとえば、家族信託された建物が古くて誰も住んでいない場合であっても、受託者に管理責任が問われます。万が一、倒壊して近隣住民に迷惑をかけてしまうと、受益者にも受託者にも損害賠償責任が問われます。
また、信託された財産で信託の目的が果たせない場合、受託者は自身の財産から支払い等をする義務を負わなければなりません。これを受託者の無限責任と呼びます。
詳しい専門家や裁判例など情報がまだ少ない
家族信託について詳しい専門家や裁判例などの情報が少なく、参考にできる事例が少ないことが現状です。
なぜなら、家族信託は、平成18年の信託法改正によって平成19年から始まった制度だからです。誰もが使う制度ではないため、実績のある専門家が限られています。深い知識を持った専門家が少なく、そのなかから相性の良い専門家を探し出すことに苦労するでしょう。
また、万が一トラブルが起きた際にどのように解決するかの道筋が確立されておらず、裁判例も多くありません。法務・税務の両面で不明確な点が多く、毎年更新されていくため家族信託のルールの過渡期でもあります。
そのため、契約時だけでなく、契約後も専門家のサポートを受け続けることが前提となるでしょう。
受託者によってはトラブルの元になる
受託者と受益者の関係性によっては、トラブルに発展する場合があります。
本来、家族信託は受益者にとって最適な使い方になるように受託者が管理や運用を行わなければなりません。しかし、資産の委託が始まると、受益者の資産をどのように使っているかは不透明であることが実態です。
たしかに1年に1度以上の頻度で使用用途の報告をする義務がありますが、それが正しいかどうかの判断は難しいでしょう。そのため、実際には正しい使い方をしていたとしても、使い込みを疑われる可能性もあります。
また、家族信託契約を行っている当事者以外の家族とトラブルになる恐れもあります。たとえば、長男に相談をしないまま長女が父親の受託者になっていた場合、気分を害するかもしれません。
長男と長女の間に亀裂が生じる可能性もあるため、契約を進める段階にも注意が必要です。
遺留分侵害額請求の対象になる可能性がある
家族信託によって、遺留分侵害額請求の対象になる場合があります。
遺留分とは、法定相続人に認められている最低限の遺産の取り分です。遺留分を相続できない場合、多くの遺産を受け取った他の相続人に対して遺留分侵害額請求をすることができます。
家族信託の契約内容によっては、遺産の取り分が遺留分を侵す場合があります。最悪の場合、裁判に発展するケースもあり、相続人同士に深い溝ができる原因になりかねません。
そのため、家族信託では遺留分侵害にならないよう契約内容を考慮しましょう。
身上保護などは出来ない
家族信託と成年後見制度を混同される場合がありますが、家族信託の契約を締結しても以下のような身上保護はできません。
- 医療・介護サービスの契約・変更手続き
- 病院の入退院の手続き
- 本人が行った法律行為(契約・訴訟など)の取り消し
身上保護とは、意思能力が十分でない方の生活を保護するための法律行為です。家族信託の目的はあくまでも資産の管理・運用・処分を家族に託すことです。身上保護は認められていないため、混同しないように注意しましょう。
家族信託が必要・検討した方が良いケース
家族信託が必要なケースや検討した方が良いケースは、下記の通りです。
- 認知症に備えたい
- 孫など次世代までの相続に関与したい
- 障がいのある子どもの生活を守りたい
- 信頼のおける家族に財産の管理・運用を任せたい
- 事業承継の希望がある
ケースごとに詳しく確認しましょう。
認知症に備えたい
認知症に備えて家族信託を検討する場合があります。認知症になると自分で判断する能力がないとみなされ、下記のような不具合が起きてしまいます。
- 銀行口座は即座に凍結されてしまって自由にお金が引き出せなくなる
- 法律行為(不動産の売却・贈与など)ができなくなる
認知症になったとしても、生活をしていくにはお金が必要です。そこで、家族信託を活用すれば、お金や不動産の管理は契約を交わした家族によって行えます。そのため、受益者のために必要な生活費・医療費・介護費などの支払いに困りません。
また、不動産の管理・運用・処分も契約を交わした家族が行えます。つまり、下記のようなことが可能となります。
- 空き家になった実家を売却して生活費や医療費に充てる
- 収益不動産の管理を引き継ぐ
- 収益不動産における新たな賃貸借契約を交わす
介護施設に入居する予定があって空き家になることが確定している場合や、所有している収益不動産の管理を引き継ぎたい場合でも、認知症が発症すると資産凍結が行われるため思うように資産が使えなくなるかもしれません。
家族信託による備えを検討しておくと、不安が1つ減らせるでしょう。
孫など次世代までの相続に関与したい
孫やひ孫など、次世代以降の相続まで関与したいときに家族信託は役立ちます。なぜなら、家族信託には、受益者連続型信託があるからです。
そもそも、親が亡くなって配偶者や子どもが相続人になるときの相続を一次相続と呼びます。さらに、残された配偶者が亡くなって子どもが相続人になるときの相続を二次相続と呼びます。
家族信託では、二次相続以降における相続での資産の承継先を指定することが可能です。遺言では遺言者が亡くなったときに発生する一次相続についてしか遺産の取り分を指定することができません。
たとえば、第一受益者である父が亡くなったときに第二受益者を長男に指定し、さらに長男が亡くなったときに長男の息子、つまり孫を第二受益者として指定することができます。
受益者連続型信託は、自社株の信託を活用して複数世代への事業承継や、ほかの家系へ財産が流れないようにする防止策に役立ちます。
障がいのある子どもの生活を守りたい
身体障がいや知能障がいなどを持つ子どもが将来金銭面で困らないように家族信託を交わすケースもあります。障がいを持つ子どものための家族信託は、福祉型信託とも呼ばれます。
たとえば、以下のように家族信託を使って、将来にわたって子どもを支援し続けることが可能です。
- 預けた金銭から毎月決めた額を子どもへ振り込む
収益不動産によって得た利益を子どもが受け取れるように設定する
なかには、賃貸不動産などを障がいのある子どもに管理・経営させることが難しいと考える方もいますが、家族信託では収益を受け取る受益者と管理者を分けることが可能です。
このように家族信託を活用すれば、障がいのある子どもは給料や障害年金以外の定期的な収入を得ることができます。障がいのある子どもに安定した生活基盤を整えてあげられるため、親として安心できるでしょう。
信頼のおける家族に財産の管理・運用を任せたい
自分の財産管理・運用を任せたい特定の家族がいるのであれば、家族信託を検討してもよいでしょう。
たとえば、「長男は近くに住んで普段から様子を気にかけてくれるため信頼できるが、次男は金を貸したきり顔も見せにこない」といった状態の場合、長男に自分の財産を任せたいと思うことは自然な感情です。
受益者は受託者を自由に選べますが、「心から信頼できるか」「自分の意思を汲み取った選択をしてくれるか」を重視することで、納得のいく財産の使い方をしてくれるでしょう。
自分にしっかりとした意思能力があるうちに、自分を大事にしてくれる家族に財産を任せたい場合には、家族信託が向いています。
事業承継の希望がある
事業承継の希望がある場合、事業用の資産や株式などを信託できる家族信託の活用を検討してもよいでしょう。
家族や親族以外にも受託者を指定できるため、親族以外に事業承継させたい場合にも、2代目・3代目と将来的な承継先を決めることが可能です。
すでに後継者が決まっているのであれば、家族信託で第二受益者・第三受益者を定めておくと思い通りの事業承継が実現します。
家族信託の必要性が低いケース
一方、家族信託の必要性が低いケースもあります。下記のケースに当てはまる場合、家族信託を検討する必要はないかもしれません。
- そもそも財産がほとんどない
- 不動産など信託できる財産がない・少ない
- 親族の仲が悪い
- すでに子どもや孫へ名義を移している
- 本人がまだ若くて健康
詳しく確認し、自分の状況に当てはまらないか確認しましょう。
そもそも財産がほとんどない
所有している財産がほとんどないのであれば、家族信託をする理由がないといえます。
預貯金の額が数百万円程度であれば、家族信託の契約締結や運用サポートにかかる費用の比重が大きくなってしまいます。運用のために費用をかけるのであれば、より多くの資金を自分や子どものために使いたいと考える方は少なくありません。
このような理由から、家族信託をしても大きなメリットは感じられないでしょう。
不動産など信託できる財産がない・少ない
現金・預金や不動産、有価証券などの信託できる財産をあまり所有していないのであれば、家族信託の必要性がありません。これらの信託財産がなければ利用することができないからです。
また、田んぼや畑などの農地は、家族信託の対象になりません。家族信託には農業委員会の許可が必須となっていますが、許可申請をしても認められるケースはないと考えておきましょう。農業協同組合や農地保有合理化法人による信託の引き受け以外の信託は認められないことが原則となっているからです。
信託対象の財産がほとんどない状態であれば、家族信託をする必要はないと判断しましょう。
親族の仲が悪い
親族の仲が悪く、自分の資産を預けたくないと思う方ばかりなのであれば家族信託は利用しない方がよいでしょう。
家族信託は、信頼できる方がいて初めて成り立ちます。信頼のできない親族へ自分の資産を預けてしまうと、自分の意図しない使い方をされる可能性もあります。
ただし、家族信託という制度の名前ではあるものの、血縁関係のない個人や法人・団体を受託者に設定することは可能です。心から信頼している方を受託者として設定しましょう。
すでに子どもや孫へ名義を移している
贈与によって、すでに子どもや孫へ財産を譲り渡していて、子どもや孫が受益者の生活費や医療費などを支払えるのであれば、家族信託の必要性はないでしょう。
すでに名義変更をおこなっている不動産は、当然新しい所有者に管理・売却の権限があります。
ただし、これから贈与によって所有者を移転させようと考えているのであれば、他の親族にも相談するようにしましょう。当事者同士だけで話を進めていると、相続発生後にトラブルへ発展する可能性があります。
また、認知症を発症してしまうと贈与契約や家族信託の契約などの法律行為ができなくなります。早急に家族や専門家に相談して、あらゆる選択肢を検討しましょう。
本人がまだ若くて健康
まだまだ本人が若くて健康なうちは、家族信託の必要がありません。
家族信託の効力は、原則的に契約締結時点から発生します。そのため、自分自身で資産の管理や運用ができるのであれば、まだ検討を始めなくても問題ありません。
しかし、認知症は85歳以上の方のうち半数以上に発症しているといわれています。健康なうちに情報収集をして、家族信託を含めたさまざまな選択肢を考えておくとよいでしょう。
家族信託の必要性を検討する際に知っておきたいこと・注意点
家族信託が必要かどうか検討する際には、下記の注意点について知っておくと後悔が少なくすみます。
- 事前に家族や親族で納得できるまで話し合う
- 信託開始後の費用などを事前にシミュレーションする
- 家族信託の知識がある専門家に相談する
- 家族信託には30年ルールがある
- 家族信託と成年後見契約との違いを知っておく
詳しく確認しましょう。
事前に家族や親族で納得できるまで話し合う
受益者と受託者だけでなく、ほかの家族や親族も含めて十分な話し合いをしましょう。
認知症対策や事業承継対策などの目的を達成するためには、関係者全員に理解してもらわなければなりません。理解がないまま話を進めると、家族信託がほかの家族や親族と金銭トラブルの原因になる恐れがあります。
家族信託をする目的や理由、契約内容について納得してもらい、自分の意思を実現させましょう。
信託開始後の費用などを事前にシミュレーションする
信託開始後に必要となる費用について、あらかじめシミュレーションしておきましょう。
たとえば、不動産を信託すると贈与税や登録免許税がかかる場合があります。支払い義務は受託者に対して発生するため、安易に契約を結ぶと後悔することになりかねません。
また、信託する資産のなかから今後どれほどの生活費や医療費、介護費が発生するのか概算しておくと受託者の負担が軽減されます。
家族信託の知識がある専門家に相談する
家族信託の知識がある専門家に相談したうえで契約内容について検討を進めましょう。家族信託契約を締結するためには、専門的な知識が不可欠です。
親族との関係性や資産状況によって、盛り込むべき契約内容を変える必要があります。そのため、家族信託契約の実績が豊富な弁護士や司法書士などに依頼することをおすすめします。
家族信託には30年ルールがある
信託開始から30年経過したあとに新しく受益者となった方が死亡すると、その信託契約は終了となります。これを家族信託の30年ルールと呼びます。
家族信託自体に30年ルールが存在する以上、受益者連続型信託をしていたとしても永続的に受益者を指定することはできません。そのため、早いタイミングで家族信託契約を締結してしまうと、思っていた通りに資産が譲り渡せない可能性が高まるため注意しましょう。
家族信託と成年後見契約との違いを知っておく
家族信託と成年後見契約の大きな違いは、身上保護ができるかどうかです。家族信託では財産の管理・運用・処分を任せられる一方で、身上保護はできません。
そのため、介護施設への入所手続きや病院での入退院手続きなどの身上保護も任せたいのであれば成年後見契約を選ぶ必要があります。また、法定後見人であれば、本人が行った法律行為の取り消しや変更も可能です。
一方で、家族信託にあって成年後見契約にないことは、遺言機能です。家族信託では、自分が死亡した際の新たな受益者(第二受益者)やその次の受益者(第三受益者)を指定することができます。成年後見人は本人に代わって遺言を作成することはできません。
そのほかの違いは、下記の通りです。
<家族信託>
- できること:財産管理・運用・処分、複数世代へ先の指定
- 財産管理者:誰でも可能
- 手続き先:金融機関
- 契約開始時期:信託契約の締結時
<成年後見契約>
- できること:財産管理・運用・処分、身上保護
- 財産管理者:家庭裁判所が認めた者
- 手続き先:家庭裁判所
- 契約開始時期:判断力が著しく低下し、家族が家庭裁判所に申し立てを行って後見人が選任されたとき
状況に合わせて必要な制度を選ぶためにも、検討を始める段階で弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
家族信託が必要ないケースは多い
家族信託は、認知症対策や相続対策などに使われる制度です。必要かもしれないと検討を始めた場合でも、「自分には必要ない」という結論に至るケースは珍しくありません。
次世代に資産を譲り渡す方法は家族信託以外にもたくさんあります。ご家庭の状況によっては、生前贈与や遺言書作成、成年後見制度の活用のほうが適切な場合もあります。
家族信託が必要かどうか判断できない場合は、家族や親族はもちろん、弁護士などの専門家に相談するようにしましょう。早めに相談することで、たくさんの選択肢からベストな方法を選ぶことが可能です。
ご自身を含めた家族全員が納得のいく方法をぜひ見つけてくださいね。