令和6年4月の相続登記義務化の開始以降、相続手続きの専門家への問い合わせが増えています。よくある問い合わせ先のひとつが「法的書類作成のプロ」である行政書士です。ここでは、行政書士の役割から、依頼すべきケースとできないケース、他士業との違い、費用相場まで詳しく解説します。
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行政書士の役割
行政書士は「法的書類作成のプロ」です。公的機関に提出する書類や、各種契約書・証明書につき、当事者に代わって作成する業務を独占的に担っています。その業務範囲は1万種類を超えるとも言われ、大別すると次のようになります。
官公署に提出する書類の作成・許認可申請の代理
行政書士が担う役割の中心となるのは、都道府県庁や市区町村役場、警察署や運輸支局などの官公署に提出する書類の作成です。提出する書類の内容は主に許認可申請に必要なものとなり、その申請の代理も行います。
許認可には、飲食業、建設業、宿泊業などを営むためのものがあります。これらの事業を営む会社や個人事業主のため、申請に必要な添付書類の準備サポートも行い、手続きの漏れやミスを防ぐのが、行政書士の主な役割です。
権利義務・事実証明に関する書類の作成
行政書士が作成を担うものには、権利義務に関する書類や、事実証明に関する書類も含まれます。これらの書類作成業務は、独占業務(行政書士のみ代行できる業務)とされているものです。
権利義務に関する書類とは、売買や贈与などさまざまな場面で必要となる契約書のほか、何らかの合意に達したときに作成される協議書などがあります。事実証明に関する書類には、会社の議事録・財務諸表のほか、各種図面などがあります。
行政不服申立て手続きの代理
行政処分に不服がある場合の手続きも、行政書士の業務に含まれます。行政処分とは、事業者に対する営業許可の取り消しや、都道府県や市区町村のルールに違反したことを理由とする罰金・課徴金の処分などです。
上記のような処分には異議申立てをすることができ、その際に処分の違法性や不当性を主張する文書(審査請求書など)が必要です。行政書士は、上記のような文書の内容に関する相談対応や作成代行を通じ、行政機関との折衝を担っています。
行政書士に依頼したほうがよいケース
相続手続きで行政書士が依頼先となるのは、遺産分割や各種調査、財産の名義変更などにおいて、法律上の効果を持つ文書の作成が必要となるときです。具体的には、次のような場合が挙げられます。
- 遺言書を作成したい
- 遺言執行・遺言執行者を依頼したい
- 相続人調査について相談したい
- 遺産分割協議書を作成したい
- 財産調査や遺産目録を作成したい
- 相続関係説明図を作成したい
- 戸籍謄本の取得を依頼したい
- 銀行預金の払戻しをしたい
- 株式・債券などを移管したい
- 自動車の名義変更をしたい
- 農業委員会への届出をしたい
遺言書を作成したい
遺言書作成について困りごとがあるときは、事前に考えた内容に沿った文案の作成や、自分で作成した遺言書の有効性の確認につき、行政書士に相談・依頼できます。公正証書遺言もしくは秘密証書遺言と呼ばれる方式で作るときは、作成するときに必要な証人を依頼することも可能です。
遺言執行・遺言執行者を依頼したい
遺言書の内容をスムーズに実現したい場合、行政書士に遺言執行者への就任を依頼できます。遺言執行者となった行政書士は、相続人に代わって相続財産の管理や各種手続きを行います。具体的には、金融機関での預貯金の解約や不動産以外の財産の名義変更などを代行し、その進捗状況を相続人へ報告することも可能です。
相続人調査について相談したい
誰が相続人になるのか正確に把握したいときは、行政書士に相続人調査を依頼できます。行政書士は専門的な権限(職務上請求)を使い、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を漏れなく収集します。集めた戸籍を読み解き、面識のない相続人がいるかどうかも含めて正確に特定し、相続人調査報告書として結果をまとめることも可能です。
遺産分割協議書を作成したい
相続人全員で話し合った遺産分割の内容を法的に有効な形で残したい場合、行政書士に遺産分割協議書の作成を依頼できます。協議書には、後のトラブルを防ぐための適切な条項を盛り込むことが重要です。行政書士に依頼すれば、金融機関での手続きなどにも使える正式な書類を作成してもらえます。
財産調査や遺産目録を作成したい
遺産の状況がわからないときは、行政書士に被相続人(亡くなった人)の財産調査を依頼できます。預貯金や有価証券、不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産についても、銀行・証券会社・法務局などへの情報照会を通じて調査可能です。調査結果は遺産目録として一覧にまとめることも依頼でき、相続人全員が財産状況を正確に把握するのに役立ちます。
相続関係説明図を作成したい
相続人の関係が複雑でわかりにくいときは、誰が相続人であるかを家系図のように図で示した相続関係説明図の作成を行政書士に依頼できます。この図面は、金融機関や法務局での手続きにおいて、家族の関係及び遺産分割の内容の概略を説明するものとして求められることがあります。
戸籍謄本の取得を依頼したい
相続手続きのための必要書類のなかでも、戸籍謄本の収集は特に大変です。さまざまな事情で収集対応できない時は、相続に関係する人全員分の戸籍謄本の収集代行を行政書士に依頼できます。必要な謄本の数が多くても一括で任せられ、古い戸籍の解読も任せられます。
銀行預金の払戻しをしたい
亡くなった人の銀行預金の解約や名義変更手続きが煩雑なときは、行政書士に金融機関での手続き代行を依頼できます。具体的には、各銀行で異なる相続届出書の作成や、これに添付するさまざまな証明書の取得・作成を任せられます。複数の金融機関に口座がある場合でも、一括で依頼することも可能です。
株式・債券などを移管したい
亡くなった人が株式や投資信託などの有価証券を保有していた場合は、証券会社への移管請求(相続人の口座への証券を移動するよう求めること)の代行も依頼できます。証券会社ごとに異なる指定様式による書類や、その添付書類の収集につき、残された親族に代わって行うことができます。
自動車の名義変更をしたい
相続財産に自動車やバイクが含まれる場合、行政書士に自動車の名義変更手続きを依頼できます。引き続き車両を利用するときは移転登録を、利用せずに保管するときは抹消登録に関する手続きを任せられます。ナンバープレート交換が必要になったときは、法律に基づき委託された行政書士に出張封印を依頼することで、自ら陸運局に足を運ぶ必要がなくなります。
農業委員会への届出をしたい
農地を相続したときや、相続したのうちを別の用途で使いたいときは、農業委員会への届出が必要です。この届出の代行も行政書士に依頼できます。具体的には、農地法に基づく届出書の作成と提出を代行することが可能です。
行政書士が対応できないケース
書類作成に関する相談対応や代行を専門とする行政書士ですが、土地・建物の名義変更手続きは専門外です。また、行政書士が支援できるのは法的書類作成や各種手続きの実行が決まっている場合に限られ、遺産分割の方針などについて悩みごとやトラブルがあるときは対応できない点にも注意しましょう。
次のような分野に関しては、行政書士ではなく、これらの分野を独占的に扱うほかの士業に相談する必要があります。
- 相続登記(相続した不動産の名義変更)
- 遺産分割協議の調整・遺産分割調停の代理
- 相続放棄の申述に関する相談・依頼
- 相続税申告に関する相談・依頼
相続登記(相続した不動産の名義変更)
相続した土地・建物の名義変更では、管轄の法務局で登記申請と呼ばれる手続き(相続登記)が必要です。不動産登記の相談対応や書類作成、申請代行に関することは、司法書士あるいは弁護士のみ対応できる分野です。
遺産分割協議の調整・遺産分割調停の代理
遺産の取り分について話合いがまとまらなかったり、裁判所での調停を行ったりすることがある場合は、弁護士が相談先となります。遺産分割協議の調整や、遺産分割調停の代理には「訴訟代理権」が必要で、有するのは法律の専門家のなかでも弁護士のみとなります。
相続放棄の申述に関する相談・依頼
借金などを理由に遺産をもらい受ける権利を手放すための「相続放棄」は、司法書士または弁護士に相談しましょう。相続放棄は家庭裁判所での手続きが必要ですが、行政書士の職権に「裁判所に提出する書類の作成」は含まれません。
相続税申告に関する相談・依頼
相続税に関する業務については、税の専門家である税理士に相談しましょう。税の計算・申告や、税務調査への対応は、税理士が独占業務となっています。行政書士が作成できる書類に税の申告書は含まれていません。
信頼できる相続の専門家をさがすポイント

行政書士と司法書士は、不動産登記を中心に相続手続き全般の専門家としてとして活動していますが、単独ですべての相続手続きを完結できるわけではありません。ほかの専門が必要になるケースも多いため、やりとりや意思疎通、連携体制などをチェックして選びましょう。
相続関係業務の経験が豊富である
相続の専門家を選ぶときにまず確認したいのは、相続業務に豊富な経験があるかどうかです。ホームページなどで相続案件の取扱い状況や解決実績を確認しましょう。経験豊富な人物であれば、相続手続きの流れを熟知しており、他士業との連携が必要かどうかの見極めもスムーズです。
ほかの士業と連携している
相続の専門家の選定で最も重要なのは、ほかの士業との連携体制です。相続では、司法書士に相談する場合は自動車の相続など、単独では対応しきれない分野の問題がたびたびあります。最初の相談先に異なる独占業務を扱う別の専門家とのパイプがあり、情報共有できる体制が整っていれば、依頼したい手続きがスムーズに進むでしょう。
事務所の場所・相談方法・時間帯が便利
相続手続きでは複数回の打ち合わせが必要になることが多いものです。相続の専門家を選定するときは、アクセスのよい立地条件にあったり、都合のつきやすい相談方法や時間帯が設定されていたりするか確認してみましょう。特にオンライン対応は、忙しい人や遠方に行くのが難しい高齢者にとって便利です。
円滑なコミュニケーションが取れる
相続手続きを円滑に進めるためには、相談先とのコミュニケーションが重要です。わかりやすい説明をしてくれる人物か、寄り添いの姿勢を持ってくれる人物か見極めましょう。依頼の状況が随時わかるよう、迅速なレスポンス体制が整っていると安心です。
相続手続きで、行政書士と司法書士ができることの違いは?
行政書士と司法書士は名前が似ており、相続手続きにおいても重複する業務や領域が多いため混同されがちです。しかし、それぞれの専門分野と権限にははっきりとした違いがあります。
司法書士の業務・役割
司法書士は不動産登記及び、商業登記の専門家として知られており、これに伴って権利関係の法的支援に長けています。書類作成や申請業務では、法務局や家庭裁判所での手続きに対応しており、相続では下記のような多彩な業務・役割を担っています。
遺言に関する業務 | ・遺言事項に関する相談対応※ ・遺言書の原案作成 ・自筆証書遺言の作成支援 ・秘密証書遺言・公正証書遺言の証人業務 |
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遺産分割に関する業務 | ・各種調査 ・分割方法に関する相談対応(特に不動産)※ ・遺産の名義変更の支援、代行(一部業務を除く) |
遺言執行に関する業務 | ・検認申立て(自筆証書遺言・秘密証書遺言で必要)※ ・執行手続きに必要な書類の収集 ・遺言執行、遺言執行者の業務(一部業務を除く) |
相続放棄に関する業務 | ・各種調査、相談対応 ・相続放棄申述書の作成※ ・添付書類の収集 ・申請代行※ |
※司法書士・弁護士のみ対応する業務
行政書士と司法書士の比較(できること・できないこと)
両者の最大の違いは独占業務の範囲です。そして司法書士は不動産登記が独占業務で、行政書士では対応できません。裁判所での手続きについても、司法書士のみ支援及び代行が可能です。一方、相続した自動車の手続きは行政書士が独占的に担う分野で、運輸支局での対応を行えます。
遺産分割協議書の作成や相続人調査については両者とも対応可能ですが、司法書士の場合は登記を前提とした作成がスムーズに進められます。
結論として、相続財産に土地・建物が含まれる場合は司法書士、不動産がない場合は行政書士への依頼が効率的でしょう。
司法書士への費用の相場
司法書士への相談で最も多いのは「実家そのほかの土地・建物の名義変更を依頼したい」といったもので、このような相続登記の司法書士報酬は5万円から15万円程度となります。ほかの相続手続きについても、次のような費用の相場・目安があります。
遺言書の作成
司法書士に遺言書の作成を依頼する場合の費用相場は、自筆証書遺言で5万円から15万円程度、公正証書遺言のサポートで8万円から20万円程度です。遺言内容の複雑さや財産の種類、数によって変動します。また、遺言執行者への就任を依頼する場合は、別途報酬が発生する場合があります。
相続人調査・相続財産調査
司法書士に相続人調査や相続財産調査を依頼する場合の費用相場は、それぞれ3万円から10万円程度です。費用には、戸籍謄本などの収集、相続人の確定、不動産や預貯金、有価証券などの財産調査が含まれます。相続人の数が多い場合や、財産が多岐にわたるなど事案が複雑な場合は、追加費用が発生することが一般的です。
遺産分割協議書の作成
司法書士に遺産分割協議書の作成を依頼する場合の費用相場は、3万円から15万円程度です。遺産の総額や相続人の数、財産の種類、協議内容の複雑さによって報酬は異なります。特に不動産を含む遺産分割協議書の作成では、登記手続きと合わせて依頼することで費用が割安になるケースもあります。
金融機関の手続き(預金払戻し・証券移管など)
司法書士に金融機関での手続き(預金払戻し・証券移管など)を依頼する場合の費用相場は、各金融機関ごとに3万円から5万円程度です。これは、金融機関とのやり取り、必要書類の準備・提出、払戻し・移管手続きの代行などを含みます。複数の金融機関に対して手続きが必要な場合は、総額が変動したり、一括依頼による割引が適用されたりすることがあります。
相続登記(不動産の名義変更手続き)
司法書士に相続登記を依頼する場合の費用相場は5万円から15万円程度です。実際の報酬額は、依頼する不動産の評価額と件数、相続人の数、登記申請業務のうちどの程度の範囲を依頼するかなどによって異なります。
相続に関係する書類作成での困りごとは行政書士へ
相続手続きにおいて、行政書士は書類作成の専門家として重要な役割を担います。遺言書作成や相続人・財産調査、遺産分割協議書作成など、トラブルのない相続手続きを円滑に進める上で大きな力を発揮します。
ですが、法改正によって問い合わせが増えている不動産登記は、司法書士のみが扱える業務です。そのほかにも、相続税申告は税理士、関係者間の調整や相続トラブルは弁護士の専門分野となります。相続の状況に応じて、適切な専門家を見極めることが、スムーズかつ確実な手続きへの鍵です。